閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

帰ってきたもてない男:女性嫌悪を超えて

小谷野敦(ちくま新書,2005年)
ISBN:4480062467
評価:☆☆☆☆★

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性の不自由という問題に対して,小谷野ほど真正面から率直に語った人物は存在しただろうか.自虐的な自己暴露に爆笑しながらも,その内容はあまりにも身につまされるものが多く,大きな共感を覚える.井上章一が美人の妻を娶ったことに対する呪詛が前半で繰り返されるが,もてない男がその積もり積もった劣等感の代償として極端な面食いになるのはよくわかる.後半の章は岸本葉子へのファンレター,ラブレターのようでもあって若干支離滅裂気味のところもあり.前作の『もてない男』の後,小谷野は結婚と離婚を経験していて,この経験はセックスに対する小谷野の考え方に大きな影響を与えたようだ.結婚しているが妻にさえもてない男の存在への目配りがあるのもうれしい(?).
実質的に破綻している数多くの夫婦が離婚に至らないのは安定したセックスを失うことへのおそれからであるというのは一面の真実をついている.J.アーヴィングの小説(確か『水療法の男』だったような気がする)で大学院に所属し古代ノルド語文学を専攻する男が,結婚を前にしてこのようなことを言っていたのに,いたく感心した覚えあり.実際結婚してみると,とりわけもてない男にとって,安定したセックスを喪失することへの不安感は大きい.もっとも妻にさえもてない男となった僕自身の状況は「安定」とはほど遠い状態なのだけど.
酒井順子の『負け犬の遠吠え』の下には「遠吠えさえできない犬の腐乱死体」がかなり大量に存在しているはずだという指摘には同意.誰もが気づきながらも見て見ぬふりをしてきた悲惨な現実である.恋愛するのが当たり前の世の中で,異性に愛し合いされないという現実はあまりにも酷薄であり,その事実を認めるのには大きな勇気と開き直りを有する.酒井順子は巧妙だなぁ,やはり.
文学系もてない男の怨念は,小谷野によって明確に言語化されることで,幾分かの「救い」を得たような気がする.小谷野の身も蓋もない視点と言説,己の劣等感に対峙しそれを公表する勇気を心から賞賛する.こういった「くだらない」問題をないがしろにしないし厳しい姿勢に共感.