閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

うら騒ぎ/ノイゼズ・オフ

「ナッシング・オン」という劇の上演を巡る役者のドタバタを描くメタ演劇喜劇.3幕構成で,1幕は初演日の前日のゲネプロの様子,二幕目は一ヶ月後の旅公演の舞台裏の混乱,三幕目は楽日の上演.凝りに凝った極めて知的な仕掛けの施されたドタバタ・メタ演劇の傑作.精緻な脚本の完成度に感心し,それを日本語の言葉にうまく乗せた訳者のセンスに感嘆,そして英国生まれの喜劇のエッセンスを尊重した上で,見事に日本の「われわれ」の演劇作品に変容させたサービス精神あふれる演出に感動する.演劇的感興を大いに堪能.傑作.

以下ネタバレもあり.

いずれの幕でも「ナッシング・オン」の一幕目が通しで演じられる.この劇中劇自体がよくできたドタバタ喜劇で,その面白さは「ゲネプロ」というメタ演劇の枠組みの中ではあるが,一幕目で堪能することができる.この一幕目が驚異的なおもしろさだった.演出家の白井が演出家を演じることで,メタ演劇の面白さと混乱ぶりに拍車がかかる.「ナッシング・オン」の上演プログラム(記述はでたらめで実際の上演プログラムのパロディだが,白井の演出家のことばをはじめ本当によく丁寧に作っている.)も上演前に観客に配布されているという周到さ.観客は現実と虚構の入り組んだやりとりで存分に笑わされる.二幕目もいい.一幕目で巧妙にばらまかれた伏線は,あますところなく二幕目,三幕目で利用される.二幕目は上演中の舞台裏での混乱ぶりを「無言劇」的なやり方で観客に伝える.一幕目で「ナッシング・オン」の流れを観客は知っているだけに,舞台裏の混乱を無理矢理,舞台ではまとめようという役者の奮闘ぶりがおかしい.三幕目は楽日の公演.「ナッシング・オン」が再々度,観客の前で上演される.初演から二ヶ月後の設定なので,役者の人間関係はむちゃくちゃなものになっていて,「ナッシング・オン」もどんどん破壊される.しかし三幕目の展開は少々予定調和の感もあり,一幕目の衝撃的な面白さを思うとかなり物足りない.もともとドタバタ・ギャグの原作がさらにドタバタと破壊していくのだが,3幕目となるとギャグが若干紋切り型になり,切れ味が鈍ってしまったのが残念.スピードががくっと落ちた感じだった.虚構と現実が行き来するメタ演劇のかけあいの面白さは,白井が舞台にあがって「役者」に専念した二幕目以降は大幅に減じてしまったのも残念なところ.二幕と三幕の間の幕間は場内の照明は落としたままだったのだが,白井の演出家演技のわざとらしさがうきあがってしまうような感じもあった.
しかしながら緻密に構成された脚本を,丁寧に読み込んだ上で「われわれ」の演劇に仕立てた手腕は見事.井川遙のむちむちとした肉体は愛らしい.あと演出助手を演じた谷村実紀が本当に可愛らしい.