閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

Le Cid de Pierre Corneille

演出:Brigitte Jaques-Wajeman
出演:Alexandre Pavloff, Audrey Bonnet
劇場:コメディ・フランセーズ
評価:☆☆★

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情報誌,新聞の劇評での評価は今ひとつの舞台であまり期待はしていなかった.今年度の新制作作品.コメディ・フランセーズでの『ル・シッド』上演は久々だそうだが,国立劇場の『ル・シッド』がこの出来ては厳しい.コルネイユの作品は『ル・シッド』にせよ,この間見た『嘘つき男』にせよ,主人公の人物設定がきわめて極端な形にデフォルメされていて,お話も劇的葛藤をいかにも人工的に配置したという感じで嘘くさい.しかしこの嘘くささゆえにきわめて演劇的緊張に満ちたお話でもある.先日見た『嘘つき男』は衣装や舞台装置は上演当時のイメージに近いものを用い,音楽や照明などの外的演出も控えめながら,登場人物の性格設定のディテイルを現代的な文脈で徹底的に解釈しなおすことで,嘘くさい人物の嘘くさい話を写実的枠組みの中で提示することに成功していた.結果としてきわめて現代的感覚の喜劇となっていた.
『ル・シッド』のような人工的な世界,しかも時代物の場合,人物の性格設定のリアリティを追求するよりは,演技を徹底的に様式に変換し,様式の美で見せる方が現代の舞台としては作りやすいはずだ.しかし今回の演出では,シメーヌとロドリーグは現代的な心理解釈にあわせた演技となっていて,それがゆえに人物の葛藤の力強さが弱められ,求心力に乏しい舞台となってしまっていた.劇音楽の選曲も陳腐かつありきたり.常に夕暮れから夜にかけての時間帯に設定されていて,横からの照明と長い人物の陰,逆光のシルエットを多用した照明美術は視覚的に美しかったが,全般に抑制が強い華やかさに欠けた舞台となっていた.主演俳優も魅力に乏しい.シメーヌの感情表現の型は単調だし,ロドリーグは弱気なハムレットのようで英雄らしい魅力に乏しい.
『ル・シッド』は歌舞伎でやったら非常に面白い舞台となるはずだ.歌舞伎の舞踊的立ち回りや表現の型は,『ル・シッド』のような劇的定型の豊富な芝居に向いていると思う.伯爵とロドリーグの決闘,モール人との戦いなども歌舞伎では省略されずに,むしろ見せ場として提示されるはずだし,原作ではスタンスで歌われる長台詞も歌舞伎ではしっかりと決まるはずだ.場面場面が歌舞伎ではどのような表現に転換されうるかを想像しながら鑑賞していたら結構退屈することなく時間が過ぎた.