閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

青年団『もう風も吹かない』

  • 作・演出:平田オリザ  
  • 舞台美術: 濱崎賢二
  • 照明:伊藤泰行
  • 衣裳:正金 彩
  • 舞台監督:中西隆雄
  • 振付:白神ももこ(モモンガコンプレックス)
  • 出演:山内健司志賀廣太郎、島田曜蔵、太田宏、石橋亜希子、大竹直、髙橋智子、村井まどか、荻野友里、河村竜也、小林亮子、長野海、齋藤晴香、中村真生、伊藤毅、井上みなみ、菊池佳南、重岡漠、富田真喜、森山貴邦、由かほる、ブライアリー・ロング
  • 劇場:吉祥寺シアター
  • 評価:☆☆☆☆
  • http://www.musashino-culture.or.jp/k_theatre/eventinfo/2013/07/post-18.html

2003年に桜美林大学の演劇コースで上演された作品の再演。多数の人物が登場する群像劇だが、人物の個性はしっかりと描き分けられていて、見ていて混乱することがない。平田の卓越した劇作術とその要求を着実にこなす青年団の俳優たちの技術の高さを感じることができる舞台だった。優れたオーケストラの演奏を連想する。

 海外青年協力隊の派遣前研修のための合宿所の話。海外青年協力隊のシニアボランティアの方々のための派遣前研修でフランス語を教えたことのある私にとっては非常に興味深い内容だった。良くも悪しくも個性的な人が多く、日本社会では居心地が悪そうな人たちが多かった。またまだ若かった私という人間を露骨に値踏みするような鋭い視線も感じ、他のクラスより緊張して授業を行ったことを覚えている。知人には海外青年協力隊の合宿所で派遣前の隊員たちにフランス語を教えた人がいる。彼が話してくれた合宿所の様子のことも思い出した。生真面目で素朴で海外でのボランティアに燃える青年たちとは異なる人たちの話を彼からは聞いた。

 作品のラストの場面、協力隊の若者たちの寄る辺なさ、不安感、ヤケクソみたいな感じがいかにも平田オリザらしい。いくばくかの共感、同情と、シニカルで冷徹な批評と。日本の社会で居場所を見つけられない無用者として、バガボンドの行き方を引き受けざるをえない彼らの不器用さが痛々しく、愛おしい。

 かすかな倦怠と退廃が漂う『もう風は吹かない』の研修生たちの姿は、実際の研修所の雰囲気をリアルに伝えているように感じた。私は非常に面白いと思って見たのだけれど、この作品の観劇後、一週間ほどたってから作品の感想を数人の友人と話していたときには、『もう風は吹かない』でのアンチ・リアリズムが話題になった。この時話していた一人は、2003年に桜美林での『もう風は吹かない』上演を見て感激し、本当に海外青年協力隊に入ってしまった人だった。彼は研修後、南洋の国に教員として派遣された。彼の話によれば、研修所の雰囲気は確かにああいう感じだったという。「でもふりつきで集団で歌を歌うなんてことはありえないですよ」と言っていた。確かに。私もあの歌と踊りの場面には、見るのがいたたまれない気恥ずかしさを感じていたことを思い出した。研修所という閉鎖環境であっても、あそこまで心を互いに開くことは無理がある。あの歌と踊りの場面にセミ・プライベート空間の演劇的虚構性が表れていたことに後になって気づいた。

 妊娠したことを告白する女性の描き方に典型的に見られる、平田の女性人物像の平板さについても指摘があった。妊娠した女性がああいった具合に告白するなんてあり得ないという指摘だった。確かに言われてみればその通りだという気がする。平田オリザの戯曲における女性の描き方がぞんざいで、その視点はしばしば意地悪、類型的であることは私も思ったことはあるけれど、『もう風は吹かない』を見たときには、それを気にすることなく受け入れていた。