閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

続・ウィーン愛憎:ヨーロッパ,家族,そして私

中島義道中公新書,2004年)
ISBN:4121017706
評価:☆☆☆☆

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最初に読んだ中島義道の著作は『私が嫌いな10の言葉』だったように思う.俗流の道徳にどっぷりつかって思考停止状態にありながら,それでも己をかなりまっとうな人間だと思っていた己の浅はかさを思い知らされるようであった.私のような大学社会の競争から落ちこぼれてしまった人間にとって,中島氏のひねくれぶりと自虐的ともいえる自己開示と毒のあるユーモアは相性がよく,中島氏の著作を読みあさった時期があった.ただ彼の著作が世に受け入れるつれ,出版点数は冗談のように増えていき,内容も粗製乱造という感じになってしまいここ二年ほどは彼の著作から遠ざかっていた.
彼の著作の中でも本書の前編にあたる『ウィーン愛憎』は私の最も好きな作物である.私自身,長い間さまざまな選考で落とされ続けたためなかなかフランス留学の機会を得ることができず,かなり屈折した思いで私費留学という形でフランスに留学することになったため,著者のヨーロッパ社会との格闘ぶり,他の「エリート」留学生に対する生々しい劣等感の告白などに大きな共感を覚えたのである.
本書は大学に定職を得たのち,最初の留学から二十年後にウィーンで半移住の生活を送ることになる著者とその家族の話.その課程でどんどんとこじれていく家族関係の崩壊が大きなテーマになっていた.内容の普遍性,エピソードの重さと悲痛さは前作よりはるかに劣るが,それでも☆4つの評価になったのはところどころ,閉塞状況にある現在の私に染み入ることばがあったからである.例えば

興味深いことに,(日本人社会を含めた)外国では,このように恵まれてゆったり生活していく者が信用され(引用者注:国費留学生やサバティカル休暇の大学教員),不安に押しつぶされ苦労を重ねてあえいでいる芸術家や研究者(当時の私もこの中に入る)は蔑視されるのであった.(146頁)

著者がこの後続けるように,このような理不尽はまさに人生の縮図でもある.「与えられない」ものはこのような状況のなかでどんどんいじけていき,気付くと最初はわずかであった「もてるもの」と「もたざるもの」の差は大きく開いてしまうのである.僕はこのことを自覚しつつ,今もがいているところだが,既にアリ地獄に落ちたありのようなものなのかもしれない.この理不尽がもたらすみじめさであるとかいじけた感情は,僥倖にめぐまれ本質的に挫折を経験してこなかったであろう私の大学の教授陣の大半には,そして私の理解者であってほしい現在の指導教授には理解され得ないものであろうと思う.
著作の粗製乱造ですっかり退廃してしまった中島義道だが,研究員という恵まれた立場でウイーンに滞在した際,かつての惨めな自分にまた向き合うために敢えて「恥」をかかざるを得ない状況に自らを追い込んだことに,彼の良心の残存をみることができるように思った.
私もいつか在外研究員という立場でまたパリに行くことがあれば,敢て彼のような選択をして,つらくみじめだった留学生の自分の姿を見つめ直す機会としたい.