閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

毛抜

http://www.ntj.jac.go.jp/performance/2.html

  • 監修:市川團十郎
  • 演目:歌舞伎十八番の内 毛抜 小野春道館の場
  • 出演:粂寺弾正(中村信二郎),秦民部(板東亀三郎),腰元巻絹(市村万次郎),錦の前(板東巳之助),小原万兵衛(板東三津之助),八剣玄蕃(板東彦三郎)
  • 劇場:半蔵門 国立劇場
  • 評価:☆☆☆☆
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学校の団体鑑賞を主な対象とした歌舞鑑賞教室という企画での公演.今日は客の大半は女子中学・高校生だった.演目上演前に,板東亀三郎による「歌舞伎のみかた」という30分の解説がつく.歌舞伎の約束事,小道具・大道具の説明,上演する演目の簡単な解説などをテンポよいリズムで手際よく,軽妙に説明していく.学生の反応が実に素直であることに感動する.程度の高い学校の学生なのだろうが,こういった啓蒙的試みは非常に重要であることを実感する.今日の鑑賞料金は学生はなんとたった1300円である.映画を見るよりも安い値段で生の舞台を工夫された丁寧な解説つきで鑑賞できる機会を用意されているのだ.現在の歌舞伎人気もこうした新しい観客を掘り起こすための地道な努力に支えられているのである.安い料金でみせる学生向きの啓蒙的な公演であっても,準備に手は抜いていない.伝統芸能の面白さを伝えてやろうという意気込みを感じる好企画であるように思う.
すっかり落ち目になってしまった大学のフランス語・フランス文学が学生の関心を呼び寄せるためにこれまでどんな努力をしたというのか!? 本気でしっかりと準備をしてアピールすれば引き込むことのできる学生は少なくないはずだ.人生の退屈と倦怠を紛らわすのには十分な刺激的で知的な歓び,スノッブな快感をフランス語圏の文化は提供できるはずである.

演目『毛抜』は「歌舞伎十八番」の一つで代表的古典といってもよい作品.しかしその筋書きは荒唐無稽ですきだらけ.姫の病の設定からして相当に不自然だ.天井に忍びを潜ませておいて磁石で髪の毛を逆立てさせて病を作り出すという,まったく正気の沙汰とは思えない発想.これが古典となってしまうのだから本当に歌舞伎ってすごい!
主人公の粂寺弾正の豪快さと愛嬌で魅せる作品.美少年や侍女にちょっかいを出して,きっぱりと振られてしまうなどの本筋とは関係ない部分の滑稽みが作品の味わいを作り出している.弾正を演じた中村信二郎はなかなかの美丈夫で見得の姿も美しいし,声としぐさにも愛嬌を感じたが,歌舞伎ファンによると弾正を演じるには信二郎は生真面目すぎて「ニン(役柄と役者の風格の相性)」に問題ありということ.ふーん,なるほどねぇ.公演前半は信二郎が風邪をひいていたのか声が出ていなかったそうだが,今日の公演では声は出ていた.
終幕で見得を切りながら花道を退場するシーンも見所.
国立劇場の大劇場は2000人ほど入る大きさだと思われるが,舞台が歌舞伎座同様横長に広くとってある.『子午線の祀り』もこのような横長の舞台で見たかった.今日は一階の最後列中央からの鑑賞だったが,劇場の奥行きは深くないので舞台も花道もよく見えた.
ナンセンス味のあるばかばかしいお話ではあったけれど,非日常的な絢爛豪華さと類型がもたらす滑稽味の魅力は十分に堪能.満足度の高い演劇体験だった.


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(以下観劇翌日に観た夢)
国立劇場の公演で学校の集団鑑賞でやってきた高校生で満員。「毛抜」は古典作品だがやけにテンポがよく、様式的な動きやせりふ回しをうまく利用したギャグの切れ味もよく若い観客の心をしっかりととらえた。とにかく役者の動きが早く、花道・舞台・客席通路を重い衣装を身につけ走り回る。
芝居のテンポは終盤ではさらに加速し、最後は観客をイスから立たせて舞踊を伴う歌謡の大合唱。観客もこの要請には十分応えられるほど熱くなっていた。高揚感に酔いしれるエンディング。幕が情報からどさっと落ちてきて、舞台は終わる。カーテンコールはない。海外公演を意識した実験的な演出だったとのこと。