閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ラテン文学のすすめ

藤井昇(講談社,1966年)
評価:☆☆☆☆

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ギリシア古代文学の残照としてのラテン文学はそのはじまりからすでに黄昏の趣を持っている.そんな印象をこの入門書を読んで持つ.啓蒙的著作ながらとりあげる作家・作品はかなり偏っている.「愛」と「権力」がこの著者が提示するラテン文学を読み解く上でのキーワードである.ただしこの古代の「愛」は同性愛もしくは男女の愛でもあっても支配的立場にいた男性から遊女への人工的に構築された愛である.「権力」の強大な力は古代の詩人の内面までとりこんでいき,次第に詩人たちに妥協を強い,そのインスピレーションをゆがめていく.著者はラテン文学のメッセージに含まれる普遍的な要素をわかりやすい形で抽出し,
ラテン文学を「われわれ」の文学として対峙させる読書の意義を示す.
単なる作家名と作品の内容紹介の羅列ではない,確固たる文学観・思想観に基づく古典の紹介.著者の筆致はときに諧謔的ではあるが,作品に対する思索的な言及によって作品の本質の一端を「啓蒙書」の枠組みで示そうという作者の姿勢を感じ取ることができる.