閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

王女メデイア

ク・ナウカ公演

  • 作:エウリピデス
  • 台本・演出:宮城聡
  • 照明:大迫浩二
  • 衣裳:高橋佳代
  • 出演:美加理、阿部一徳、大高浩一、江口真琴、中野真希、片岡佐知子
  • 劇場:上野 東京国立博物館本館特別5室
  • 評価:☆☆☆☆★
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99年に初演され高い評価を受け、各国で上演された舞台の再演。speakerとmoverに役者を分ける「ク・ナウカ」スタイルで演じられる。劇場は博物館のホールのような一室。石造りの建物で天井が高いため、声がよく反響する。観客席は前に張り出した正方形の舞台を三方から囲むように配置されている。僕の持っていたチケットの座席が二重発券されていたため、運のいいことに僕は最前列中央の座席に移動することになった。前方にせり出した正方形の舞台の後方には、若干高い位置に横長の舞台が接している。
ク・ナウカ版『メデイア』では、時代を明治時代の日本に移し、メデイアは朝鮮半島からやってきた姫という設定になっている。その意図については宮城氏の演出ノートで説明されている。メデイアの衣裳はこの設定を反映したものになっていて、内側に可憐な刺繍が慎ましく袖口に施された白いチョゴリ風の衣裳、その上に濁った緑色を基調とした着物風の衣裳(錦絵風の図柄が大胆に描かれている)を羽織っている。上演前は舞台は、明治風の彩色風俗画の描かれた屏風で覆われていて中が見えないようになっている。その屏風が取り払われるとmoverの役者たちが、顔を紙製のかぶり物で隠し、着物を着て並んでいる。『メデイア』ではmoversはすべて女優。主演は美加理であり、美加理はずっと舞台で姿をさらしている。そこに明治の名士風の服装を着たspeakerの一団がどやどやと雑談しながらやってくる。ほとんど宴会の余興のようなのりで芝居ははじまる。
ク・ナウカの完成された様式の美しさ(朗唱、音楽、動きの計算されたコンビネーション)に圧倒される一時間半。speakerに反応する美加理の動きの迫力に引き込まれる。舞台上の物語は多重構造になっていて、最後の鮮やかな転換の意外性に思わず「あっ」と声を上げる。うーん、ここまでひねるからかっこいいんだよなぁ。
知的な仕掛けに満ちた密度の濃い舞台に大いに満足する。
アフタートークは、早稲田大学演劇博物館館長の竹本幹夫氏とク・ナウカ主催の宮城氏の対談。竹本氏は能楽の研究者。ク・ナウカの様式の能楽の影響などが明らかになる。またパントマイムと朗唱、音楽演奏家の三者が別々に演じるスタイルは、世界の伝統演劇の中では珍しくないこと(中世のラテン語劇もこのスタイルだ、そういえば)、speakerとmoverが分かれることによって、演劇の言葉と身体の間の緊張感が意識され、話者=演者である普通の芝居よりも、身体性と語りの音楽性が増幅される効用があることなど。「なるほど」という知見がいくつか提供された中身のあるアフタートークだった。能楽の影響を受けながら、過度に抽象的で高踏的になってしまった能のスタイルにとりこまれないかたちで、現代演劇の枠組みのなかでどの方向にその様式性を発展させる可能性があるかが示唆されたように思う。秋には複式夢幻能『オセロー』の上演があるとか。楽しみ楽しみ。竹本氏は能の専門家でもありながら、能についてその欠点も含めわかりやすく客観的に述べていて、その語り口に好感を持つ。