閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

阿弥陀堂だより

南木佳士(文春文庫、2002年)
阿弥陀堂だより (文春文庫)
評価:☆☆☆☆

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使うのがためらわれるほど乱用されている語ではあるが、この小説は現代社会の競争に敗れ疲れきった人物が、貧しい田舎の平穏な生活の中で快復する過程を描く「癒し」の物語である。
語りが、有能な医師である妻の夫で、小説家を目指すもののまったく芽が出ず、妻に生活を依存している男。この設定に、やはり生活力ある妻に寄生して生きている生活無能者の僕は共感を覚える。ただし「人生を降りる」覚悟をきめたこの小説の語り部の態度は、僕よりもはるかに、その配偶者に優しい。傷ついたこの夫婦の傷をゆっくりと癒していくのは、夫の故郷である山の中の寒村、特にその寒村のはずれの阿弥陀堂の守をする高齢の婆である。
阿弥陀堂と寒村の描写は、僕の父が生まれ育った但馬の山間の集落を連想させる。この集落にも、村を囲む山のふもとに粗末な阿弥陀堂があった。ただし阿弥陀堂の守はいなかったが。日本の山間の田舎の風景としてはありふれたものなのかもしれない。
悲劇的結末を予測される展開があるものの、最終的にはハッピーエンド。このtころ悲劇的結末にめっきり弱くなってしまった僕は暖かく希望あふれる結末にほっとする。
この小説で現れるさまざまな材料は、この後読んだ南木佳士の小説でも繰り返し現れているもの。しかしその材料の使い方にこの小説ではひねりが加えられていて、こらまでの生々しい荒々しい陰惨さが口当たりのよいものに変化している。純文学的なものから、大衆小説的なものへ変換されているともいえるが、今の僕には洗練された大衆化がなされているこの小説のほうがありがたい。