有吉佐和子(中公文庫,1974年)
評価:☆☆☆☆★
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
歌舞伎の創始者とされる伝説的な舞踊芸能者である「出雲の阿国」を題材とする戯曲・小説は少なくないが*1,有吉佐和子のこの作品は数ある「阿国」ものの中でももっとも人口に膾炙している作品であり,有吉の代表作でもある.出版の翌年(昭和45年)に平岩弓枝脚色・演出で歌舞伎作品として歌舞伎座で上演されたほか,前進座が昭和47年以降,津上忠脚色で劇化し,レパートリーの一つとしている.前進座は来年一月の東京公演でこの作品を再演する.
阿国についての歴史資料はほとんど残っておらず,信憑性の薄い伝説が残るのみでその生涯は謎に包まれている.有吉のこの小説では,娯楽小説としての骨組みとして阿国の生涯を,阿国が愛した三人の芸能者(鼓打ちの三九郎,傾き浪人の名古屋山三,いとよりの踊り手伝介)との関わりを中心にドラマを作っていく.この三者との恋愛はいずれも阿国にとっては成就されない恋になっていく.特に夫であり,芸能の最初の導き手であった三九郎との愛情関係が段々と冷え切っていく過程はしつように書かれる.三九郎は元々は能楽の出で権力志向の異様に強い男性として描かれている.阿国と三九郎との葛藤は,阿国が中世的で貴族的な「舞」を乗り越え,身体の内側からわき上がる躍動感に満ちた民衆的な「踊」の中に新しい表現を見いだす過程と重なっていく.
阿国に関するさまざまな断片的資料と伝説を驚異的な想像力で再構成するだけでなく,秀吉,家康といった当時の権力者の姿をきっちりと描き,巧みに阿国たちの一座の背景とすることで,人物の造型に奥行きを与えている.
阿国の創造し,演じる芸能の様子の卓越した描写力に読んでいるこちらの心も躍る.スペクタクルの感興,よろこびが,文字だけで見事に再現されている.阿国という人物を通して,芸能の持つ根源的な魅力を語ろうとする著者の姿勢に感動を覚える.
舞台版となると当然,有吉が文字で再現したあのスペクタクルを,生の形で提示しなくてはならないわけだ.一月の前進座の舞台への期待が高まる.