閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

欲望という名の電車 A Streetcar Named Desire

http://www.duncan.co.jp/web/stage/desire/
主催・製作 アトリエ・ダンカン/シーエイティプロデュース

欲望という名の電車

欲望という名の電車

    • 演出:鈴木勝秀
    • 美術:二村周作
    • 照明:倉本泰史
    • 音響:井上正弘
    • 衣裳:原 まさみ
    • 舞台監督:小林清隆
    • プロデューサー:鈴木奈緒子、神戸丈志
    • 企画:篠井英介、鈴木勝秀
  • 出演:
    • ブランチ・デュボア:篠井英介
    • スタンリー・コワルスキー:北村有起哉
    • ステラ・コワルスキー:小島 聖
    • ハロルド・ミッチェル(ミッチ):伊達 暁
    • ユーニス・ハベル:明星真由美
  • 劇場:新大久保 東京グローブ座
  • 上演時間:3時間(休憩15分)
  • 評価:☆☆☆☆★
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鈴木勝秀演出=篠井英介ブランチの組み合わせで作る三回目の『欲望という名の電車』だが、僕が見たのは今回が初めてである。
前回とはキャストが変わっている。前回のキャストは、スタンリー役が古田新太、ミッチ役が田中哲司、ステラが久世星佳だったとのこと。まさに人物のイメージにぴったりとはまった役者が揃っており、演出家自身がちらしに「完成版」と記していたのもうなずける。今回はスタンリーとステラを演じる役者の実年齢がかなり若くなっている。女形である篠井英介の強烈な存在感に若い役者がどう対抗できるかがひとつのポイントとなる。翻訳も前回までは小田島雄志訳であったが、今回は雄志氏の息子の小田島恒志訳が採用されている。恒志氏の訳は2002年のBunkamura製作、蜷川演出、大竹しのぶ出演の舞台で使われている。名訳とされる雄志氏の訳もやはり年月を経るうちにどうしても現代的感覚からはずれた表現が目立ってくる。ウィリアムズのせりふには修辞的表現が多く使われていて、それが舞台表現として時に非常に強い印象を与えるのであるが、その表現の技巧性ゆえに作品を「古典」の窮屈な枠の中に押し込んでしまうこともある。新訳は、詩的で象徴に富むウィリアムズのせりふの文学的な美しさと、現代の日本人の耳に優しい清新な口語調の自然な響きの共存が工夫され、旧訳とは明らかに異なる世界の提示を目指しているように思える。

ブランチが最初に登場したときに、ステラの住むアパートの大家に向かって言う台詞は、作品全体の内容を象徴するものとして名高い。

They told me to take a street-car named Desire, and transfer to one called Cemeteries, and ride six blocks and get off at Elysian Fields!
「欲望」という名の電車に乗って、「墓場」という電車に乗り換えて、六つ目の角で降りるように言われたんだけど ─ そこが、「天国」だよって。(小田島恒志訳、9ページ)

意外にも篠井ブランチは『欲望』のなかで最も有名なこの台詞を,演劇的に誇張された「決め台詞」のようなやり方では語らない.冒頭にニューオーリンズの町の猥雑で自由な空気がフランス語の口上やスタンリーとステラの気さくなやりとりの中で示されたあと,舞台の流れが一旦よどんだ時間に,気がつくとブランチは舞台下手の客席のところにひっそりと佇んでいる.そして夕涼みをするステラのアパートの大家に,心細げに弱々しくこの台詞を放つのだ.ステラが戻ってきてから「発狂」してしまうまで,ブランチはずっと芝居がっかった振舞を続け,それが彼女が自身を守る鎧となっているのだが,この最初の場面のブランチだけが「素」の状態の彼女の姿を示しているのだ.故郷を追い出され,金もなく,よるべもない年増の女性.

フランス系住民として南部で裕福な生活を送っていたデュボワ家一族は、欲望と虚栄の生活の果てに、没落の中で死んでいってしまう。その墓場をも追い出されたブランチが、妹の住むニューオリンズで見いだしたのは、「天国」ではなかった。ブランチは退廃した生活のなかで優雅な過去の記憶を腐敗させる。粗暴ではあるものの、健全な活力に満ちたポーランド系のスタンリーはその悪臭を我慢できない。彼はブランチの退廃の雰囲気に自分たちの将来を脅かす危険なものを敏感に感じ取り、苛烈な反応をブランチに示し、彼女を崩壊へと追い込んでしまう。彼もまたぎりぎりのところで踏ん張って生きていたのである。かろうじて守ってきた自尊心を打ちのめされ、自我が崩壊し、狂人となって「天国」を追われるブランチに悲壮さに救いはない。しかしスタンリーとステラは自分たちの新しい生活のために、彼女を絶対に犠牲にしなくてはならなかったのだ。

舞台演出で印象的だったのは、路面電車が走る騒音を、ブランチの精神をゆさぶるような出来事が起こるたびに、鳴らすという演出だ。路面電車の音は彼女の心の動揺を示す暗喩として繰り返し用いられる。
篠井英介のブランチは流石に達者だなぁという感じ。そもそもブランチは人物自身が自分で作り上げた虚構を演じ続ける芝居がかった人間なのだが、その芝居くささの痛々しさをさらりと自然に表現する技術はやはりすごい。
この強力なブランチに対し、しっかりと対抗し存在感を示していた北村有起哉にも感心する。スタンリーも圧倒的に有利な立場からブランチをいたぶっていたわけではない。彼もまた自分の世界を守るために、己の全存在をかけてブランチと対決していた、という解釈が彼の人物造型に示されているように僕は思った。