青年団 第55回公演
http://www.seinendan.org/jpn/info/info071013.html
古びてはいるが風格のある旅館のロビーが舞台.焦げ茶の木材を基調にしてリアルに再現された旅館応接間の美術が圧巻である.応接間は二間に分かれていて,それぞれに椅子とテーブルが置かれている.左手の低い側のスペースにはソファセットが置かれ,右手の高い側には喫茶コーナーにあるような椅子とテーブルが並べられている.
三人娘と別居し,この旅館で長年仕事をしている老作家と三人の娘たちを軸に,旅館の従業員,高校ボート部OBの同窓会,何かトラブルを抱えているらしい謎めいたカップルの4組の人間関係が,共有空間であるこの旅館ロビーでかすかに交錯しあう.老作家は娘とあまり歳が変らない女性と再婚することになった.関係性の変化がもたらす微妙なうまくことばにできないような心の同様が,暗喩的に心理を描き出す計算されたディアローグと演出によって,浮かび上がるさまは名人藝といってもよい完成度を感じさせる.
『東京ノート』などの平田オリザの代表作に典型的な設定だが,このマンネリズムが含有する豊かさはこの作品にもしっかりと示されている.
『火宅か修羅か』は12年ぶりの再演となる.30代前半でこのような老成を感じさせ作品を平田オリザが書きえていたことには驚嘆する.天才は早熟だ.公演の配役表にあった再演にあたっての挨拶の中に「すべての人は心に修羅を宿しているという,ごくごく当たり前の,理屈では解っていたことを,さまざまな局面で骨身にしみて実感できたことでした」と平田は記す.30代を生きて,人生の半ばを過ぎ,自身の修羅,そして僕の周囲の人間の修羅を僕自身もいくつか見つめる機会があった.決して望ましい状況にあるとはいえないけれど,束の間であっても平安のときにある今現在,そうした修羅の場面がすでに今とは切り離された過去の他人事のように思えてしまう.これから修羅の場面に立ち合う機会は次第に増えていくのだろうか.