閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

キーン

http://www.horipro.co.jp/ticket/kouen.cgi?Detail=109

  • 翻案:ジャン・ポール・サルトルアレクサンドル・デュマの原作より)
  • 翻訳:小田島恒志 
  • 演出:ウィリアム・オルドロイド
  • 美術:二村周作
  • 照明:塚本 悟
  • 音響:高橋 巌
  • 衣裳:小峰リリー
  • 出演:市村正親須藤理彩鈴木一真、高橋惠子、中嶋しゅう
  • 劇場:天王洲アイル 銀河劇場
  • 評価:☆☆☆★
                                                                • -

実存主義の哲学者、サルトルの戯曲。サルトルの戯曲というと哲学的主題の生真面目な戯曲ばかりと思いきや、『キーン』はいかめしいところのない娯楽的な作品である。18世紀末から19世紀にイギリスで活躍した実在の役者が主人公にしたバックステージものの喜劇。舞台と現実を行ったり来たりするなかで、女と芝居に翻弄される人間臭い役者の姿を描いている。
『キーン』は昨年九月に宝塚が上演しているし、1999年には新国立劇場で江守徹主演で上演されている。

シェイクスピア悲劇の、特に悪役の名手として知られるこのエキセントリックな伝説的名優は、19世紀前半のフランスでアレクサンドル・デュマ(父)(1836年初演)によって劇化される。サルトルの『キーン』(1954年初演)は大デュマの戯曲を焼き直したものだそうだ。

今回上演されたのは、2007年のロンドンでの上演版に基づくもので、日本語訳は英訳脚本の重訳になっている。ロンドン版はサルトル版をだいぶ刈り込んだ上、シェイクスピア作品の引用を原作以上に取り込んでいるそうだ。日本語版の翻訳は小田島恒志先生によるもの。

作品には「狂気と天才」という副題がついているが、キーンという稀代の名優の、天才ゆえのエキセントリックな魅力と俗物性が強調されている。最初から最後まで異常なテンションを保ったまま、キーンは舞台の内と外を支配する。彼が恋するデンマーク伯夫人、そのデンマーク伯夫人をキーンと争う好色のイギリス皇太子、キーンに熱烈に恋をする女優志望の大ブルジョワの町娘の恋のかけひきのドラマだった。「演じる」ことが「生きること」でもある役者だけに、恋をめぐる虚虚実実の駆け引きのなかで、登場人物たちは「演技」と「本気」の混乱に翻弄される。

とてもよくできた面白い戯曲だったが、昼ごはんのあとのマチネ公演は眠くて眠くて。キーンが憑依したかのような市村正親の怪演ぶりはたいしたものではあったけれど、脇の役者に18世紀っぽい軽薄な遊戯性、優雅さが乏しく物足りなさを感じた。台詞のつながりのリズムもギクシャクしていて、軽快さに乏しい。市村正親や中嶋しゅうはさすがに役柄をしっかり作っていたけれど、他の役者は日本語の演出がちゃんとされているのかどうか疑わしいほど芝居が軽い。ギャランで粋な貴族社会の頂点にあり、強大な権力を持つ皇太子の役柄は、主人公のキーンに負けないぐらいの存在感がほしいような気がしたのだけれど。アンバランスな印象の舞台だった。