閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ここからは山がみえる You can see the hills

青年団リンク・RoMT 第三回公演
RoMT オフィシャルサイト:公演情報

  • 作:マシュー・ダンスター Matthew Dunster
  • 訳:近藤 強
  • 演出:田野邦彦
  • 照明:西本彩
  • 音響:泉田雄太
  • 出演:太田宏
  • 上演時間:3時間
  • 劇場:小竹向原 アトリエ春風舎
  • 評価:☆☆☆☆☆
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上演時間三時間、一人芝居、日本では無名の作家の現代劇の翻訳。端から挑発的な舞台だ。しかしそのひねくれぶりに相応しい刺激的な舞台だった。演技、演出、戯曲の3つの要素がことごとく素晴らしい。劇場に観客はわずか20名ほどしかいない。贅沢な3時間にゆったりと浸る。できることならばもう一度じっくりとこの芝居に向き合い、すみずみまで受けとめてみたい。

イギリスの北西部、山に囲まれた田舎町に住むティーンエイジャーの話である。アダム・アシュトンという名の少年の十代前半から後半にかけてを6つのエピソードで物語る。

アダムは性的にはかなり早熟な少年だ。十代前半でセックスを知り、その後何人かのガールフレンドと関係を持つ。セックスは早くから知っているが内面的には年相応のガキに過ぎない。とにかくやりたい。己の衝動と感情のおもむくまま、彼は奔放な青春時代を謳歌する。しかしその奔放さがもたらす結果について、自分で責任を取ることができるほどには成熟していない。彼の幼さが周囲の人間を傷つけていく。彼はそのことに気づかないほど鈍感な人間ではない。彼は自分が家族や恋人、友人を傷つけていることにとまどい、そのことで自身も傷つく。でも彼にはどうすることもできない。心の奥にもやもやとした暗い影を感じつつ、彼はゆっくりと年相応に成長していく。

物語を要約してみると、ありふれた、ちょっと苦い後味のある青春物語だ。しかしこれが一人の役者の身体によって演劇的に提示されることで、この舞台がどれほど大きな想像力を我々に喚起させ、豊かな共感とノスタルジーを生み出したか。

40歳の役者、太田宏が10代のアダムをはじめ、彼の周囲にいる人間たちを演じ分けていく。劇場内は暗めの照明のバーのような雰囲気になっている。小さな舞台が端に設置されていて、スタンドマイクが一本置かれている。丸い小さなテーブルが6つ、各テーブルの周りには3ないし4の椅子が並べられている。観客は受付でコインを貰う。そのコインと引き換えに、劇場内のカウンターで飲み物を受け取る。私は酒もタバコもやらないのだけれど、ここで酒が出て、タバコを吸うことができたなら雰囲気はもっとよくなったことだろう。

単なる「語り物」にしてしまわないように様々な細かい配慮がなされている。開演前はごくリラックスした雰囲気で役者が観客を席に案内したり、上演時間などについての一般的な諸注意を述べる。開演すると彼はさっとモードを切り替える。しかし劇中人物になりきり演じつつも、しっかりと擬似的なバーの客としての観客の存在は意識しているような演じ方だ。現在40歳である語り手自身の10代のころの物語を回想しつつ、再現しているように思われる。ノスタルジックな過去の恥ずかしい自分の物語。ぞわぞわと体中の血液が沸き立つようないたたまれない感覚。

役者は舞台から降り客席の間を移動しつつ、エピソードを演じる。劇場空間全体が舞台となっている。両側の壁面および舞台の背景には正方形の黒板がかけられていて、役者は時折演じられているエピソードの登場人物の名前を記す。かなり速いスピードで人物名を記した後、チョークをいちいちと床に無造作に投げ捨てる動作が印象的だ。記憶を呼び出し、再現しつつも、それを唾棄すべきものとして投げ捨てているような感じがした。ひとつのエピソードは30分ほどの長さ。役者の動き、語りの位置、照明の変化、効果音の使用といった細かい工夫によって、単調さは避けられ、ニュアンスに富んだ表現によってエピソードが提示される。気がつくと私もその事件のさなかにいるような、自己が追体験しているような感覚に陥っていた。私は耳をすまし物音を聞き彼の一挙一動を注視する。

三時間一人芝居という破格な仕掛け自体に感動した部分は大きい。しかしその三時間を成立させる演出上の工夫の数々、役者の技術の確かさと緊張感の持続、そして再現されるエピソードの濃密さもやはり驚嘆すべきものだ。この挑戦的舞台を成功させた役者の技量と演出家の手腕を私は大いに賞賛する。後頭部がじんじんしびれるような感覚に酔いつつ、大きな満足感とともに劇場を出た。