閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ギリヤーク尼ヶ崎 青空舞踊@西新宿


ギリヤーク尼ヶ崎の大道芸を西新宿で見た。生で彼のパフォーマンスを見るのは今回が初めてだった。この時期に新宿三井ビル前の広場で大道芸を行うのが毎年恒例になっているらしい。秋の大道芸シーズンに入ったので情報を求めてネットを検索していると、http://gilyakamagasaki.com/というサイトにあたり、今日の公演のことを知った。
ギリヤーク尼ヶ崎は1930年生まれで、今年82歳。大道芸として舞踊を見せ始めたのが1968年である。多くの常連ファンがいて、14時開始の30分ほど前に上演場所となる広場に到着したのだが、既にかなり多くの人がいた。最終的には観客は200名ほどだったと思う。会場の55ひろばは、三井ビルを背景にして半地下のようなとおろにある。

予告されていた14時過ぎ、ギリヤーク尼ヶ崎が登場する。ホームレスのおじさんのようなかっこうだ。観客から拍手と歓声が沸きあがる。舞踊はすぐには始まらない。開始を待ち受ける観客の目のまで、ギリヤークはゆっくりと時間をかけて、舞踊衣装に着替え、化粧をする。化粧は白塗りにアイシャドーとほお紅。その風貌、視線が何とも言えぬ空気を作り出す。舞踊が始まる前から高揚感を感じ、心が躍る。観客の期待を十分にじらしたところで、パフォーマンスが始まる。伴奏音楽はカセットテープから流れる津軽三味線で、まずは「じょんがら一代」。芝居仕立てになっていて、盲目の三味線弾き女性を演じているようだ。木製の弦の張られていない三味線をばちでたたく、狂乱の「エアギター」ならぬ「エア三味線」のパフォーマンスがある。見せ所では観客からかけ声がかかり、投げ銭がばらばらと投げ込まれる。この観客参加も演技をもり立てる演出となっていた。
二つめの演目は「よされ節」。これは何人かの観客を舞台に呼び込んで一緒に踊る。引っ張り込まれた観客も慣れた感じで、横一列になってふらふらと踊っていた。
このあと、また着替えにかなり長い時間をとって、「念仏じょんがら」となる。よぼよぼの老婆に化けたギリヤークがよたよたと歩いていたかと思うと、三味線音楽の盛り上がりと共に首にかけた長い数珠を激しく振り回し、転げ回る。それから立ち上がって、観客のなかに分け入り、ステージの右前方にあった螺旋階段を駆け上がっていった。螺旋階段から見ていた観客にちょっとからんだあと、上の階の通路に上がり、舞台と並行して伸びる通路を走る抜けると、舞台から見て左手にある階段を駆け下りてきた。そしてバケツの水を頭からざぶっとかぶり、またのたうち回る。ギリヤークの舞台には小さな白黒写真の入ったスタンドが置いてあり、その写真に写った老婆はギリヤークの母親らしい。その母親の写真を手に取ると、座った状態で後ろにのけぞり「かあさーん」と絶叫する。白塗り化粧のきてれつな老芸人のこの叫び、あざといといえばあまりにあざとい仕掛けではあるけれど、これはもう強烈なインパクトがある。水を入れた容器を手にするのにも手がぷるぷると震えるような老芸人が、のたうちまわり、かけまわり、身もだえし、絶叫する。壮絶なパフォーマンスであり、心動かさずにはいられない。色とりどりの包み紙にくるまれた投げ銭がばらばらと投げ込まれる。

ギリヤーク尼ヶ崎の演出力は驚くべきものだ。われわれが放浪の大道芸人に対して抱えている類型的イメージが、強烈な表現によって見事に具現されている。あの表現の強さは圧巻であり、引き込まれずにはいらなかった。昨今の大道芸フェスティバルに出演する芸人は、芸のレベルこそ高い人が増えたが、ギリヤーク尼ヶ崎には絶対に勝てない。

心臓にはペースメーカーが埋め込まれ、椎間板は損傷し、手がぷるぷると震える老体だが、88歳まで踊り続けたいと言っていた。今度は私も投げ込みためのおひねりを用意しておこう。