閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

SPAC『忠臣蔵』

 

 

  • 作: 平田オリザ
  • 演出: 宮城聰
  • 演出補:中野真希
  • 振付:中村優子
  • メイク:梶田キョウコ
  • 舞台監督:山田貴大
  • 照明:樋口正幸
  • 音響:大塚翔太
  • 衣装:大岡舞
  • 出演: 赤松直美、阿部一徳、大高浩一、奥野晃士、片岡佐知子、桜内結う、下総源太朗、鈴木麻里、関根淳子、永井健二、前田知香、牧野隆二、山下ともち、若宮羊市
  • 上演時間:70分
  • 評価:☆☆☆☆
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 主君である浅野内匠頭の刃傷沙汰の知らせを受け取った家臣たちが、城内で議論を重ね、討ち入りの決断を行う。しかし関ヶ原の戦いから百年たった元禄の時代、平和に慣れきり官僚化してしまった武士たちは、果たしてどのように討ち入りの決断を行ったのだろうか? 赤穂義士事件の史実でも、浅野家の家臣たちは開城、籠城しての抵抗、討ち入りと家臣たちの意見は割れたそうだ。この赤穂藩の評定の様子を、平田戯曲の一つのパターンである「会議」形式で表現したのがこの作品である。七名登場する赤穂藩士の意見はそれぞれ異なるが、彼らは武士道という当時すでに形骸化してしまっていただろう倫理の建前ではなく、それぞれの生活上の便宜、打算に基づいて本音の意見をぐだぐだと交わす。しかし誰もが自分の意見を無理に通そうとはしない。ぐだぐだと話合いを続けていくなかで何となくある方向へと誘導され、最終的な結論が導き出される。

 SPAC版『忠臣蔵』は、平田オリザの脚本の風刺性が、宮城聰の演出が導入した祝祭性、様式性、遊戯性の中で鮮やかに浮かび上がる非常に興味深い作品になっていた。。

 平田版『忠臣蔵』は現代の日本社会の組織での意思決定のあり方の優れた風刺になっているが、『忠臣蔵』の評定のあり方の仮説としても説得力を感じさせる。この作品の初演は一四年前で、その時は静岡県民100名が上演に参加したという。いったいどのような上演だったのだろうか。今回の上演は7人の赤穂浪士が出演するバージョンだ。平田オリザの演出だとおそらく現代劇風に大石内蔵助を含む7人の義士たちが円卓を囲みリアルな会議の様子が再現されるのだろうか。宮城聰演出では平田のリアリズムが、様式美の世界で再現される。会話の現代口語リアリズムとビジュアルの様式性のギャップが作品の戯画性をさらに強調し、喜劇的効果を増大させていた。黒光りする整然とした木の「役所」で、赤穂藩士がてきぱきと事務作業を続けている。主君の刃傷沙汰、切腹というショッキングが事件の報告が入り、藩士役人たちは動揺するけれど、藩士たちは正面を向いたまま、シンメトリックに配置された机の上で、ルーチンとなった事務作業の手を休めることはない。その整然としたメカニックな動作が可笑しい。

 大石を演じる下総源太朗は、始終穏やかな笑顔を浮かべ、部下である藩士たちの意見を徐々に、巧みに、一つの方向へと誘導していく。幕間劇として、『仮名手本忠臣蔵』の第七段の「一力茶屋」の舞踊場面が挿入される。華やかな花魁たちが赤穂藩士たちを魅了する享楽的で幻想的な場面だ。暗い舞台で展開する赤穂浪士たちの会話劇のパートとこのポップでアナーキーな花魁舞踊のスペクタクルの対比が鮮烈だ。このナンセンスを大胆に組み入れてしまう宮城の創意が素晴らしい。

 終演後のホワイエでは出演俳優たちが観客を迎え出る。美しい花魁姿の女優たちのすがたに気分が華やぐ。

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