閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

アブ・グレイブ刑務所

Mustheel-Alice(バグダッド
http://www.tinyalice.net/
SINDYANA group fromチェニス「Woman Sindyan-センディアナの女」

  • 作・演出・出演:ザヒーラ・ベン・アマール
  • 上演時間:50分

Mustheel-alice fromバグダッド「Abu Ghraib―アブグレイブ刑務所」

  • 演出:アナス・ヘイテム
  • 上演時間:35分
  • 劇場:東新宿 タイニィアリス
  • 評価:☆☆☆☆
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フセイン失脚後、アメリカ軍政下にあり、いまだ政情不安定なイラク、バグダッドからやってきた劇団とチュニジアチュニスの劇団の公演。どちらも知らない劇団だったが、チュニジア演劇についてはF/Tの前進である東京国際芸術祭でファミリア・プロダクションの公演を二度見たことがある。力強い前衛的表現とフランス風の緊密なことばによる演劇の伝統を兼ね備えたファミリア・プロダクションの作品には大きな感銘を覚えた。それで今回の公演も興味を持ったのだ。

バグダッドの劇団、Mustheel-Aliceは以前にもタイニィアリスに招かれ公演を行ったことがあるという。今回はバグダッド郊外にある悪名高いアブ・グレイブ刑務所が舞台の作品だった。サダム・フセイン時代にもこの刑務所では様々な拷問が行われたそうだが、悪名が知れ渡ったのはアメリカ軍政下でこの刑務所内で行われたイラク人捕虜に対する人種差別的蛮行の報道によるものだ。戯曲の作者の友人であった音楽家がフセイン時代からこの刑務所に投獄され(フセインを称える式典での音楽演奏を断ったからだとか)、一度恩赦により保釈されるもアメリカ軍政下で再び投獄され(理由は不明)、獄中死した。作品はこの音楽家に捧げられている。鎖がぐるぐる巻かれたサックス、ラップで覆われたチェロが刑務所内での捕らわれた音楽家の状況を暗喩的に示す。冷酷で嗜虐的な看守によって投獄者が虐待される様子がノイズっぽい音楽とともに象徴的に描き出される。最初と最後にアラビア語でおそらく投獄者の名前が読み上げられる以外はことばが使われない芝居だった。はじめのうちはあまりできのよくないパントマイムみたいだなと思っていたのだけれど、虐待がエスカレートしていくにしたがってだんだん面白くなってきた。ピカソの「ゲルニカ」を連想させるデフォルメされた身体表現で刑務所での暴力を描く。最後に銀色の蛇腹筒をばーっと投げて、延びた蛇腹筒で舞台一面を覆われてしまう絵柄が面白かった。

チュニジアの芝居「センディアナの女」は中年女優による一人芝居だった。45分ほど。イスラム社会であるチュニジアにおける女性の不安定な状況を語ったものであるらしい。一部フランス語も混じる。テクストも演技者によるものだとのこと。チュニジアでは有名な女優らしいが、この二演目目はほとんど眠ってしまった。

2公演が終わったあと、出演者のアフタートーク。ところがチュニジア人女優は終演後になぜか機嫌が悪くなって不参加。私が寝ていたからかも。イラクの役者、演出家だけのアフタートークになった。このアフタートークがだらだらと続く。演劇関係者のほか、中東問題に関心を持つ団体関係者や研究者、ジャーナリストなども客席にいたようだ。
フセイン末期からアメリカ軍政下のイラクのような政情不安定でテロも多いところで芝居の上演を続けていくというのは大変な困難があるに違いない。バグダードには観客収容人数1000人ほどの国立劇場が一つあるという。その劇場での公演は入場料無料だそうだ。

イラクの劇団をタイニィアリスに呼ぼうと思ったのはタイニィアリス支配人の西村博子氏がたまたま読んだ新聞記事がきっかけだと言う。
フセイン政権崩壊直後のバグダッドで一般民衆が暴徒と化し、略奪行為が横行したそうだが、その中でバグダッドの演劇人は劇場に集結して略奪から劇場を守ったという。それを伝えた新聞記事を読んで、ぜひそういう奇特な演劇人たちと連絡をとり、日本に呼びたいと思ったそうだ。さぞかし面倒な作業であったに違いない。今回彼らを呼ぶのも、来日ビザが直前まで下りず、かなり綱渡りだったそうだ。