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閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

平原演劇祭2011 第1部@埼玉県宮代町

平原演劇祭2011
移築民家とアタラシイ「ゲキ」vol.8 旧加藤家「ほぼ」200年祭
「その日、東海村に隕石が落ちた──!」

  • 日時:2011年8月7日(日)13時から16時
  • 場所:埼玉県身車城町郷土資料館内旧加藤家住宅
  • 出演:劇団12,みやしろ演劇パーティ
  • 演目:「せみ その外の短編綴稿」「相聞・紅葉野」「おじや☆ダンス 第2幕 その年の春」
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埼玉県宮代町在住の劇作家、高野竜氏が10年以上前から催している平原演劇祭に娘と息子と一緒に行った。

演劇といえば東京のような大都市と結びついた芸術活動であるというのが固定観念となっていたので、埼玉の田舎町で一個人によって継続的に演劇活動が行われていることを知ったときにはちょっと驚いた。そもそもは古典戯曲を読む会世話人の一人であるク・ナウカの吉植さんに、高野さんの書いた戯曲「アラル海鳥瞰図」(宇野重吉演劇賞を受賞し、『テアトロ』2010年3月号に掲載)のことを教えて貰い、それを読んだことで高野さんに私は興味を持ったのだった。これが昨年のことである。「アラル海鳥瞰図」はとても面白い戯曲であり、機会あればぜひその上演を見てみたい作品だったが、戯曲の執筆だけでなく、高野氏が地域に根ざしたかたちで演劇活動を地道に続けてきたことを知って感銘を受けた。こういうかたちの演劇というのもあるのだ。

平原演劇祭は毎年夏に行われるが、私の帰省の日程と重なっていて去年は行くことができなかったので、今年は是が非でも都合をつけてこのユニークな演劇祭を観に行くことにした。この演劇祭はとりわけ子供を連れて見に行きたかった。未就学児も連れて行ってOKとのことだったので五歳の息子も連れて行くことにした。

宮代町は埼玉県の東側にあり、私はこれまで行ったところのない場所だった。最寄りの駅は東武伊勢崎線東武動物公園駅。この線は半蔵門線と接続しているので案外都心から近い。成増の近くにあるうちからは、朝霞台まで東武東上線北朝霞から武蔵野線で南越谷まで、新越谷から東武伊勢崎線というルートになる。

演劇祭の会場になったのは東武動物公園から徒歩20分ほどの場所にある宮代郷土資料館敷地にある旧加藤家住宅である。今日の昼頃は猛暑だったので歩く気にはなれず、駅からはタクシーを利用した。旧加藤家は築ほぼ二百年の日本家屋だ。こんな場所で芝居が行われるというだけで胸が躍る。今回の公演は電気を一切使用しない天然上演だった。冷房もないし、照明も音響も使わない。畳の上で上演し、畳の上で観劇する。外には反射板が何枚か設置され、それで太陽光を反射させて室内を照らす工夫されていた。
今日の昼は本当に暑かった。冷房のない家屋内の気温も高く、うちわをぱたぱた仰ぎながらの観劇となった。しかし縁側に囲まれた日本家屋は開放的で家の中を風が通り抜ける。暑くはあったが不快さはなかった。縁側にぶら下がった風鈴のもたらす涼感が心地よい。奥の縁側の向こう側の裏庭のようなスペースには水槽に入ったナマズがいた。

演劇祭は休憩15分を挟み、3時間にわたって開催された。この3時間のあいだに約5つの演目が上演された。約5つとなっているのは演目の境目が曖昧でいまひとつ区切れがはっきりしないからだ。プログラムによると以下の演目が上演されたことになっている。

平原演劇際2011 第1部
移築民家とアタラシイ「ゲキ」vol.8 旧加藤家「ほぼ」200年祭
演目:
●コギリ演奏&ダンス&朗読「せみ その他短篇綴稿」
●劇団12(トゥエルブ)「相聞・紅葉野」
●みやしろ演劇パーティ「おじや☆ダンス 第2幕 その年の春(前半)」
〜休憩〜
●劇団12「お知らせコーナー」「ツヨシの夏休み・料理教室編」
●みやしろ演劇パーティ「おじや☆ダンス(後半)」

最初はコギリという素朴な木琴の伴奏のもと行われる、カワセミ、セミ、夏に関する小さなテクストの朗読と女性3人のダンサーによるちょっとエロチックな雰囲気の舞踊だった。このオープニングの演目で観客は真夏がもたらす様々なイメージの世界へと誘われる。コギリのポコポコした音色に、風鈴が奏でる風の音が重なる。さらに外ではアブラゼミのジージー鳴く声が聞こえてくる。薄暗い日本家屋の畳の上で妖しく舞う三人の若い女性ダンサーの姿を見る。詩的なテクストの詞による描写が、視覚と聴覚と融合していき、幻想的な気分を作り出す。

踊りは30分ほど。五歳の息子は後半集中力が切れて退屈しはじめる。最初の演目が終わったところで息子をトイレに連れて行く。二演目の「相聞・紅葉野」は、学生服姿のサムライ二人がお姫さまをどこかへ送り届けようとしているが、その道々でお姫さまに苦い薬を度々飲ませる。変なサムライだなと思っていたら、実はそれは学生二人で、お姫さまは先生であることが途中で判明する。と思っていたらまたサムライとお姫様に戻って、という具合に劇中人物が別の人物をその中で演じるという二重構造が入れ替わる複雑な話だった。ジャン・ジュネの「バルコン」、「女中たち」を思い浮かべた。息子が退屈しだしてごちゃごちゃ動き出してしまったので、こちらの集中力も散漫になってしまい物語をちゃんと追うことができなかった。この劇団12、学生=サムライ役の役者の年齢と性別がよくわからない。中高生あたりに見えたのだけれど。女かなと思ってみていると男っぽかったりして混乱してしまった。

前半最後はみやしろ演劇パーティによる「おじや☆ダンス第2幕その年の春(前半)」。いきなり第二幕の上演らしい。第一幕は来月18日に行われる平原演劇際2011第2部で上演される予定だとのこと。独身中年男の先生とその先生のうちにやって来た学生たちが登場人物である。最近無くなったある学生の追悼のために集まっているらしい。隕石が近くに落ちたことが語られる。先生と学生たちがゲームをしたり、雑談したり、ふざけたりする様子が再現されたあと、とろろ芋をする場面で終わる。先生が最後のほうにかなり長大な歌を歌う。息子は退屈してちゃんと見ていないように思ったのだけれど、今日の帰りの電車のなかで隕石のことをえらく気にしていてた。伏線となるキーワードが散りばめられ、それが不思議な余韻を作り出している芝居だった。

休憩時には「おじや☆ダンス」のとろろ芋をつかったとろろご飯が振る舞われた。おいしかった。子供たちもおいしそうに食べていた。子供二人は縁側の水槽にいるナマズをとても気にしていた。私も気にかかっていた。芝居用にわざわざ運んできたはずなのだけれど、今日の上演場面のどこにナマズがからんでいるのかよくわからなかった。にもかかわらずナマズの存在感は大きかった。高野さん曰く、安価で手に入りやすいアメリカ産ナマズではなく、わざわざ日本産ナマズを用意したとのこと。公演後は食べるか、池に放すか、どちらかだそうだ。ちなみにナマズは白身淡泊でとてもおいしい魚だ。

後半は9月18日の平原演劇際第2部演目がエキセントリックな一人芝居の形式で紹介されたあと、劇団12の「ツヨシの夏休み・料理教室編」。これは同性愛的雰囲気を漂わせた男二人のやりとり。2チャンネルのおたくネタも満載で、漫才コント風の二人芝居だった。娘はこの演目が一番面白かったそうだ。息子もよく笑っていた。

最後の「おじや☆ダンス」はごく短いもの。先生と学生たちはとろろご飯を食べて満腹になっている。男子学生が自作の歌を歌う。先ほどの場面では野球ネタのドタバタギャグをやっていたので今回もおちゃらけるのかと思っていたら、ナンセンスかつ詩的な歌詞と親しみやすい旋律を持つ名曲、《うなぎなっているあたり》をのびのびと上手に歌い上げた。この意外性に虚を突かれ、思わず感動してしまう。この曲については「予習」していたので、「いえい、いえい」というかけ声は私も思わず声を重ねてしまった。

水槽のナマズに子供たちは強い関心を示した。なまずにさよならの挨拶をしてから、会場を後にする。

平原演劇際は真夏と自然を体感できる演劇祭だった。セミの鳴き声と風鈴の音色のなか、ゆったり、のんびりした祝祭劇の時間を楽しんだ。子供と一緒に来てよかった。