閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

Nine The Musical

  • 原作:Arthur Kopit
  • 作曲:Maury Yeston
  • 翻案:Mario Fratti
  • 演出:David Leveaux
  • 翻訳:青井陽治
  • 振付:ジョナサン・バトレル,グスタヴォ・ザジャック
  • 美術:スコット・パスク
  • 照明:沢田祐二
  • 衣裳:ヴィッキー・モーティマー
  • キャスト:別所哲也,純名りさ,高橋桂,大浦みずき池田有希子,花山佳子
  • 劇場:天王洲アイル アートスフィア
  • 評価:☆☆☆☆
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フェリーニの『8 1/2』を土台にした「異色」のミュージカル.昨年秋に上演されて高い評価を受けた舞台.絶賛している劇評を読んだときには,すでに公演は終わっていた.主役のグイド役の男優を変更しての再演の告知を観て,前売り発売とほぼ同時にチケットを購入する.
『8 1/2』のエッセンスを巧みに舞台化している.舞台はイタリアのとある温泉地.倦怠期に入り破局の危機にある妻とともに映画作家はやってくる.完全な保養ではない.妻と修復に神経を使いながらも,作家は新作映画のアイデアをプロデューサーに伝えなくてはならない.このところヒット作から遠ざかっている作家にとって崖っぷちの状態.その保養地には作家の愛人や女優たち,マスコミ連中もいた.作品のアイデアが出ない焦燥感に苦しみつつ,作家は周りの女性たちとの関係にも神経をすりへらさなくてはならない.映画を作る,物語をつくることについての物語がしらぬうちに始まっている.作家は現在の自分の性的コンプレックスの源である母親とカトリック寄宿舎学校での性体験を反芻し始める.現実と男の妄想と記憶が工作する中,物語を作ることの物語は進行していく.
ミュージカル本来の祝祭的な雰囲気,喜びと解放感にあふれた楽しい舞台だった.広い舞台ではなかったが,右端に置かれた螺旋階段を象徴的に用い,上下の空間をうまく使っていた.役者の集団的な動きも計算されていて,目を飽きさせない.音楽も楽しくて,観客がのりやすいものだった.照明もびっしり決まっていて,舞台を視覚的にひきしめる.
わかりにくく,筋が進むような物語ではないので,前半はもたついた感じもあり,眠気に吸い込まれることも.その眠気に絡みとられそうになったタイミングで,プロデューサー役の大浦みずきが貫禄たっぷりに劇中の雰囲気を濃厚に生かしながら舞台から観客をいじる.これがうまい.これで一気に舞台に引きこまれる.
きらびやかな女優16名に男優一人.洗練された美術と照明,丁寧な演出ゆえに,日本人が演じる翻訳ものにありがちな安っぽさのない舞台だった.
エンディングおよびそれに続くカーテンコールのまさにお祭り騒ぎの陽気さ楽しさには,涙がこぼれそうになるほどの深い満足感を得る.
難を言えば歌の歌詞.日本語の歌詞はやはりのりが悪い.日本人俳優いずれも熱演ではあったものの,これが全編イタリア語ならどれほど心地よく響き,イタリア人が演じていたらどれほどサマになったしびれるような舞台であっただろう,と想像せずにはいられなかった.

凝った台本に優れた美術,丁寧な演出にもかかわらず客の入りは8割で空席目立つ.残念.