閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

隅田川続俤(すみだがわごにちのおもかげ)法界坊

八月納涼歌舞伎第三部公演。数年前に平成中村座で上演された串田版『法界坊』の歌舞伎座での再演。序幕、二幕、大喜利という構成だが、この三部の形態は実際にはかなり異なっていて、それぞれ独立性が高く、物語としての一貫性・整合性は乏しい。序幕、二幕は科白劇、大喜利は舞踊劇で、実際にはまず大詰の舞踊劇の部分が先に作られ、後になってこの舞踊劇の内容に結びつく前段のエピソードとして科白劇の序幕・第二幕の部分が作られたとのこと。序幕、二幕は科白劇で出来事の時間順にはなっているものの、大きな物語としての内容の一貫性は乏しい。序幕は二場で構成され、人物関係がかなりややこしい。序幕では、福助演じる色男、要助と永楽屋の娘、お組(扇雀)と要助の許嫁、野分姫(七之助)の三角関係のやりとり、そこにからむ勘十郎(勘太郎)と法界坊(勘三郎)の喜劇的な演技を楽しむ。わかりにくい物語に最初はとまどうが、達者な役者たちによるこうしたコミカルなやりとりに知らず知らずのうちに劇中に引き込まれる。
二幕目は30分ほどしかない。法界坊と橋之助演じる甚三郎の立ち回りは、見得がふんだんにとりいれられ、その型の美しさに魅せられる。そして宙乗りによる退場。今日の座席は三階西側の五列目だったため、宙乗りで勘三郎がすぐ頭上を通過。ゆらゆらとゆれながら近づく法界坊-野分姫の霊に、周辺の座席は大興奮状態だった。僕ももちろんわくわくとした高揚感を味わう。
締めの舞踊はけれんに満ちた第二幕と比べると地味ではあったが、ちょうどよいデザートという感じ。演劇的感興を満喫し、おいしいフルコースの料理を食べたような充実感を味わう。観客サービスに満ちた舞台に大いに満足する。

串田和美の演出は、本人が筋書きで書いているように、野田秀樹が歌舞伎の世界を自分の側にぐいとひっぱってきて歌舞伎役者を使った野田演劇を創造しているのに対し、串田は歌舞伎の伝統的な型を尊重した上で、それを部分的にうまく崩すことで現代的な解釈を盛り込んで作品を刷新しているような感じ。より保守的に感じられるのは串田演出だが、伝統歌舞伎のもつ味は、串田のバランス感覚ある「崩し」によって、現代の舞台でより引き立つものになっているように思う。