閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

かくれさと苦界行

隆慶一郎(新潮文庫、1990年)
かくれさと苦界行 (新潮文庫)
評価:☆☆☆☆★

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先日読んだ同著者の『吉原御免状』の続編。吉原の惣名主となった松永誠一郎と、誠一郎によって隻腕にされ、復讐の悪鬼となった裏柳生の武者、義仙の戦いの第二ラウンド。そこに柳生の守護神、荒木又右衛門、義仙と組むものの誠一郎と愛し合うことになる女郎、おさよが加わる。短文を積み重ねるリズムある力強い文体は、特に戦いの緊迫感ある描写で効果的。極めて映像的な文体である。
吉原を傀儡師たちによる公界ととらえ、家康の影武者の伝説をからめつつ、非凡な剣豪の成長を描く前作に比べると、今作は壮絶な斬り合い、果たし合いの描写の連続であるが、人物造形の確かさ、個性的な人物を物語の流れのなかにうまくのせるストーリーテリングのうまさは前作以上にさえているように思える。義仙と誠一郎の一騎打ちの迫力ある描写はあたかもすぐれた映画、もしくは劇画を見ているようだった。質の高い娯楽剣豪小説を味わう喜びを十分に堪能する。これまで剣豪・伝奇的小説には全く食指が動かなかったが、隆氏の小説読書二作目で、その魅力にしっかりとはまってしまった感じがする。
文庫カバーにある著者略歴によると、隆氏は東大仏文出身で大学での仏語教師を退職後、脚本家としてデビュー。小説家としてのデビューはなんと60を過ぎてから。作家としての実質的活動期間はわずか五年だったとのこと。『吉原御免状』は彼の処女作。処女作にしてあの完成度。大学語学教師という知的退廃必至と思われる職に長くいながら、ずっと才を磨き続けていたのはすごい。
運命に導かれるように殺戮に追い込まれる登場人物たちの姿は、古典劇的な神話の題材を想起させるような普遍的魅力を持っているように思った。

吉原御免状』で提示されるアジールとしての遊郭という世界観は、網野善彦の影響が強いようだ。西洋中世ではアジールという概念は、僕が知る限りフランスではあまり言及されず、ドイツ系の学者から提示されている概念のようだ。