閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

5×2

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原題は『5×2』。シンプルだがそのシンプルさゆえに深読みしたくなるなタイトルである。説明的な邦題のセンスのなさには腰砕けになる。知的センスのある洒落たオゾンの作品がこの邦題とは。
一組のカップルの愛の誕生から破局までを、5つの独立したエピソードで描く。ただしエピソードは時間を逆行して提示される。
最初は離婚のシーン。離婚の成立のあと、最後の情交をみすぼらしいホテルの一室で行うが、結局二人の気持ちはもとにもどることはない。
二番目のエピソードは結婚後数年たち、子供はまだ幼児の頃、ゲイである兄とその恋人を招いた内輪のパーティの様子。夫は失業中なのか、日中は幼子の相手をし、仕事から帰宅する妻を待つ。食事の席で、夫の鬱屈は乱交パーティでの不貞の様子を露悪的に語らせる。それを聞く妻の涙を見て、夫はどこか満足そうでもある。己の憂さ晴らしを残忍なかたちで行ったような。三番目のエピソードは子供の出産時。子供は帝王切開、早産となる。病院から妻のすがるような呼びかけの電話があるものの、夫は心乱れとまどうだけ。ぐずぐずとしてなかなか病院には赴けない。保育器の中にいる子供をじっと注視できない夫。心細い思いで病室で待つ妻を見舞うこともなく、病院から出て行ってしまう。深夜になってようやく外から夫は病室の妻に電話をいれる。「愛しているよ」とささやくが、その言葉は取り繕いようがないほどそらぞらしく虚ろに響く。
四番目のエピソードは結婚のときの思い出。結婚パーティで酩酊した夫は新婚のベッドで眠りこけてしまう。手持ちぶさたの妻は夫を残し外に出る。そして外で行きずりの男と情欲に流されるまま浮気をしてしまう。朝方夫の眠るベッドに戻った妻は、夫を抱きしめ贖罪を求めるように夫の耳元で「愛している」と何度もつぶやく。
五番目のエピソード。バカンス中のリゾート地で、夫は仕事をともにしたことがある妻と出会う。夫は恋人と一緒の旅行、妻は一人きり。ただし夫と恋人の間にはすでに倦怠的な雰囲気が漂っている。バカンス地での思わぬ出会い。たわいない会話を交わしあううちに、二人は恋愛感情の高まるのを感じ始めた。

長い間にわたり妻とはあまりいい状態にない私にとっては実に身につまされる映画であった。五つのエピソードで描かれる心理には、自分でも思い当たるものがいつくつもある。特に早産児が出てくる三番目のエピソードでの、夫のとまどい、無責任ぶりの心境は胸に突き刺さるほど明瞭に想像できる。まさに私も九月に六週の早産児が生まれたときは、保育器のなかの痛々しい我が子の姿をみて、浮き立つような喜びではなく、突然のしかかってきた重苦しい不安を感じたのだった。

オゾンの視点は皮肉ではあるが、嘲笑的ではない。人間への視点が三八歳(私と同年)にしてすでに老成した雰囲気がある。五つのエピソードは、それぞれ自立性が高く、優れた短編の私小説のような苦い味わいがある。いずれもどの夫婦間にも存在しうるごくありふれた出来事の断片。しかしこうした小さなほころびの蓄積が将来の破局を確実に予告しうるものであることもまたいかにもありそうな話である。僕と妻の間にはこうしたほころびがこれまでどれほど存在したことか。最後の恋愛の誕生のエピソードが、あまりに類型的に美しいがゆえに、その結末を知っている観客の我々には、愛の誕生の甘美な高揚感だけでなくシニカルな苦みも感じさせるシーンとなっている。。
ディアローグのリアリティと深みはロメールを連想させる。これほど地味で平凡な愛の誕生と破局を、題材として敢えて選び、スタイリッシュに提示する。
しびれるようなうまさとひねくれ根性に魅了される。