閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

藤田嗣治:異邦人の生涯

近藤史人(講談社文庫,2006年)
藤田嗣治「異邦人」の生涯 (講談社文庫)
評価:☆☆☆☆

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ねばり強い交渉の末ようやく取材協力を得た藤田の未亡人(五番目の妻)への配慮や取材過程に生じた対象への愛着ゆえか,評伝としては著者の藤田贔屓のバイアスが若干強すぎるように思った.1920年代の藤田が栄光につつまれたエコール・ド・パリ時代の挿話は藤田自身のエッセイなどを通して比較的よく知られている時期の記述も充実しているが,著者は日本に帰国後の戦争画時代や日本社会と画壇に失望した寂寥たる晩年,戦後のフランス回帰の時代に焦点をあて,藤田の名誉回復に努める.
遺族への配慮,参照可能な資料の制限などの理由もあるのだろうが,藤田自身が書いた文章の読み込み,藤田の作品の分析が厚みに欠け,全般に情緒的な藤田解釈に流れているような感もあり.
叙情味あふれるエコール・ド・パリの画家の作品は人気が高いし,ユダヤ系の画家たちの集団の中で唯一の東洋人として頭角を現した藤田の知名度は高い.しかし藤田の作品が現在の日本人の感性に直接訴えるような求心力を備えているかというと僕は少々疑問である.少なくとも多くの日本人にとって,藤田の作品は,モジリアニやパスキンの作品に比べると,霞んだ感じがするのではないだろうか.乳白色が印象的でつるんとしたマチエールの藤田の作品は視覚的喚起力に乏しく,他のエコール・ド・パリの作家の作品の叙情性,文学性に比べると,はるかに装飾美術的であるように思える.装飾性の高い芸術作品は案外敷居が高い.
僕にとって藤田の作品は,彼の人となりに関する様々な「伝説」と結びつくことで,はじめて関心を持つことのできるような作品であるよう気がする.
藤田のエッセイと評伝を読み,藤田の作品への好奇心がかき立てられる.
三月末から催される藤田の大規模な回顧展が楽しみだ.まとめて彼の作品を観ることで今まで気づかなかった発見があるかもしれない.