閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

手鎖心中

井上ひさし(文春文庫、1975年)
ISBN:4167111039
評価:☆☆☆☆★

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1972年の直木賞受賞作『手鎖心中』と受賞後第一作『江戸の夕立ち』の二編が所収されている。
どちらもその破格の洒落っ気ゆえに最終的には身を滅ぼすことになる道楽町人を描いた小説。『手鎖心中』は己の戯作の才能のなさを自覚しつつも読本作家としての虚名に異常な憧れを持つ若旦那が、己自身の人生で戯作道を突っ走っていく話。その「狂人」ぶりは喜劇的・笑劇的にエスカレートしていくが、破滅の暗い影も常に暗示されている。
『江戸の夕立ち』は大商家のどら息子と太鼓持ちのきてれつな諸国放浪冒険譚。その場まかせで流されていくうちに二人の境遇はどんどん悲惨で絶望的なものになっていくが、その軽薄・浮躁の度合いはそれに反比例するかのごとく増していく。
戯れ言に命をかけるその破滅的な快楽主義は壮絶ゆえに痛快。その人物造形の根底には作者自身の社会に対する深い虚無感と人間不信が透けて見える。作中に埋め込まれた「もじり」などの趣向のいくつかについては百目鬼恭三郎が明らかにしている。