小林恭二(中公文庫、2007年)
評価:☆☆☆☆☆
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単行本、2004年、中央公論新社。
鎌倉時代(承久年間)、幕末、そして現代の三つの時代に現われ出るシンプルながら激しい恋を、近松門左衛門、鶴屋南北、河竹黙阿弥などの歌舞伎狂言で使われる設定を下敷きにして、仏教的因果の闇の中ににもがく若い男女の情熱的な恋愛の形を彫り出していく描写力は圧巻だった。
作者による黙阿弥の『三人吉三』、近松の『曽根崎心中』の優れた解説本があるが、これらの歌舞伎狂言の傑作の魅力をきっちりと咀嚼した作者が、「綯い交ぜ」技法を大胆に取り入れた小説という形で、こうした狂言が持つダイナミックな物語世界を再現することに成功している。
人間そう良いこともできないかわりに、心底からの悪人というのも、そう多くはいない。泰平の世では正直一途で生きる者ほど、世が乱れると悪に傾斜したりする。(17ページ)
ふとした運命のいたずらから身を持ち崩し、できることなら今一度正業に戻りたいが、汚れちまった身の上とあればそれも叶わず、心ならずも日々罪業を重ねている、そんな己の運命を半ば憎み、半ばあきらめたような表情を浮かべる[…]人間を悪に引き込む抗しがたい力の存在に気づきつつあった。人はその力に引きずられて、自分の意志とは関係なく、悪の世界に足を踏み入れるのだ。いったん悪の世界に入った者は、興奮し、陶酔し、恐怖し、悔恨し、最後は悲哀に包まれて死んでゆく。(52ページ)