閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

朧の森に棲む鬼 Lord of the Lies

劇団☆新感線

チケット優先会員制度を使ってチケットを購入したところ,花道の右横,前から八列目という良席だった.普段は新橋演舞場では専ら三階B席なので,舞台の見え方が全然違う.もちろんチケットの値段も全然違うわけではあるが.今日の舞台は高額チケットにもかかわらず,大きな満足感を得ることができた舞台だった.

市川染五郎が参加した『朧の森に棲む森』は,僕が新感線公演に通うきっかけとなった決定的な公演である「アオドクロ」に匹敵する完成度の素晴らしい舞台だった.作品の世界観は,『髑髏城』より大人向けになっているので,『朧の森に棲む森』のほうを僕は評価する.シェイクスピアの悪漢英雄譚の傑作,『マクベス』と『リチャード三世』の世界を,架空の中世日本の戦乱時代に置き換え,うねりのあるスケールの大きい物語を展開させている.数多くの伏線の配置し観客の期待の地平を十分に引き出しておきながら,それを鮮やかに裏切る意外性を盛り込む手腕が実に見事である.また脚本および演出は,芸達者で存在感あふれる役者の魅力を最大限生かされている.
歌舞伎役者の市川染五郎は演技のスケールが大きいし,時折挿入される歌舞伎ならではの様式感に満ちた仕草が舞台に心地よい緊張感をもたらす.口先で人を陥れ,はい上がっていく希代の悪人を演じるのだが,人物が成り上がっていき上昇していくのに応じて,その人物の器もしっかりと大きく見せる計算された演技はたいしたものだ.スピード感に満ちた殺陣はリアリティと舞踊的な動きの美しさが見事に共存している.その演じる役の悪役ぶりにもかかわらず,染五郎の演技は品格を失うことがない.
染五郎とともに物語の大黒柱となるのが,愚者の役を演じる阿部サダヲの恐るべき役者力である.ナンセンスな喜劇的演技のセンスのよさは随一だと思う.この人の殺陣もスピードがあってかつ実に美しい.秋山菜津子古田新太,高田聖子も持ち味を生かした丁寧な人物造型で存在感を示していた.真木よう子は映画の画面より,舞台でのほうがよっぽど愛らしくて美しい.個性的な役者の中では芯が細いかんじだが,その美貌の吸引力は強力である.
新感線公演らしい笑いもふんだんに取り入れられ,舞台に心地よい緩急を与えている.しかし豊かな娯楽性の向こう側では,人物の性格設定がとてもよく練られていて,卓越した能力を持つ各役者の工夫もあり,主要登場人物は単なる類型を越えた,複雑な混沌を内包している.
染五郎演じるはライはスケールの大きい巨悪である.染五郎はその巨悪,冷酷無比ぶりをほぼ完璧な形で演じきる.しかしその悪英雄から無意識のうちにこぼれ出てしまった人間味が彼を崩壊させてしまう.この展開の急変の仕掛けの見事さには大きな感動を覚える.実はあまりの見事さに観劇中に泣かされてしまったのだ.
変幻自在の美術,壮麗な衣裳,計算された照明,本水を使った仕掛けの効果などの視覚面も大いに楽しめる.
演技,演出,展開のディテイルにいたるまで緻密に構築された驚異的な完成度を誇る娯楽作品である.今,これを見なければ何を見るというのか!