http://www.seinendan.org/jpn/info/info070211.html
- 作:平田オリザ
- 翻訳:ユタカ・マキノ
- 演出・美術:ロラン・グットマン Laurent Gutmann
- 出演:太田宏,角舘玲奈,Yves Pignot,Annie Mercier, Adrien Cauchetier, Bruno Forget, Catherine Vinatier, 山内健司
- 上演時間:一時間三十五分
- 劇場:三軒茶屋 シアタートラム
- 評価:☆☆☆☆
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長い間日本に住み,日本人と結婚したフランス人女性が急逝した.夫はフランスから妻の家族をお通夜と葬儀のために呼び寄せる.死んだフランス人女性の父母,弟,そして前夫がやってくる.彼らは全員日本に来るのはこれがはじめてである.彼らを東京で迎えるのは,夫とその妹,死んだフランス人女性の友人そして葬儀屋の男性.
人の死,そして死にまつわる儀式,お通夜といういかにも文化衝突が露わになりそうな場を選択した慧眼が素晴らしい.登場人物の中で唯一フランス語を理解できない葬儀屋の介入によって文化衝突のもたらす滑稽さはいっそう拡大される.両者とも葬儀という場だけに,互いの文化の違いを過剰に意識し,気を遣い合うのだが,そのためにかえってそのやりとりはぎごちないものになってしまう.葬式という緊張感の中,互いの認識の微妙なずれが生み出すコントのような場面が最後の最後まで続く.互いの心情は何となく理解しつつも,細かいニュアンスがうまく伝わらないいらだち,齟齬が解決しないまま終わってしまうのかと思えば,最後に深い余韻を残す,平田オリザらしい台詞でしめることで,肉親の死を哀悼する両者の思いはすっと一つにまとまっていく.
ぎくしゃくとした緊張関係が一瞬で解決してしまうような,この最後の場面の美しさはとても感動的だった.
終演後,フランス人演出家と平田オリザによるアフタートークがある.
平田がこの作品のフランスにおける反応のよさ,成功の兆しについて自慢げに語る.日本語で書いたものをフランス語に翻訳したため,今日の字幕は翻訳ではなく「オリジナル」のテクストを表示しているため,面白かったはずだ,と冗談めかして言っていた.
観客からは舞台美術についての質問がでる.舞台美術は古い日本家屋の内部を再現したものだが,正方形の八畳間がシンメトリックに横に三つならぶ美術は必ずしも写実的ではない.何より目につくのは壁がすべて鏡張りであることだ.こんな日本家屋は存在しない.視覚的なインパクトはかなりのものである.演出家は美術も担当している.こうした舞台美術を構想したのは,半具象・半抽象的なイメージで空間を作りたいという意図が最初にあったからで,最初のプランでは鏡張りのふすまを配置して,鏡の迷宮のようなものを作りたかったとのこと.鏡ふすまは実際にやってみると思ったほど効果的ではなかったので,ふすまを取り外し,壁のみを鏡張りにしたと答えていた.フランス人妻の遺体のある場所を曖昧にしておきたかったので写実的な美術にしなかった,とも言っていた.鏡の迷宮は,異世界に入り込みとまどい,混乱するフランス人の心象を映し出したいという意図もあったのだろう.いずれにせよこの舞台美術は極めて独創的で,我々がなじんでいる和物の調度で和風の空間が再現されているにもかかわらず,無国籍的な抽象空間でもあるような奇妙な感覚におそわれた.この美術は異文化の世界に入り込む人間の居心地の悪さ,デペイズマンの感覚を象徴的に示しているのかも知れない.
その他,観客からは死んだフランス人女性が,前夫と離婚直後,子供を夫の側に置いたまま日本にやってきて,まもなく再婚したようだが,その間フランスに置いた子供に会いに行かなかったのは不自然ではないか?また彼女はなぜ日本にやってきたのか?という質問が出た.これはフランス人の役者の間でも議論となった設定だったようだ.作者の平田オリザ曰く,作者としては舞台の上での事柄以外については実は全く考えていない,舞台の外側での登場人物についての人物造型は観客の側に全面的にゆだねます,といった返事だった.