閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

14億円稼いだ人のはなし

非常勤の勤務先で7年ぶりぐらいに数年先輩の人に偶然会う。特に親しい人ではないが会えば会釈するぐらいの間柄だ。彼も僕同様、専任職につけないまま、非常勤稼業を続けている。先にこっちが気づいて挨拶しようかどうしようかと考えていたら、向こうも気づき、愛想の良い笑顔を浮かべながらこっちにやってきた。
「いや、ひさしぶり。元気にやってた?」
「あ、はい。こんにちは。僕はいつも中くらいです。そちらはどうですか?」
すると向こうは待ってましたと言わんばかりににこっと笑った。
「うん、いいんだよ。ね、ちょっとそこ座ってお茶でもどう?」
「はい」
「実はね、この三月で非常勤講師稼業から足を洗うことになったんだ」
「えっ! それはもしかして専任が決まったんですか? いやあ…… よかったですね。おめでとうございます」
「ふふん。専任はだめだよ。状況が状況でしょ。もう望みは抱いてないよ」
「……」
「中途半端な先生稼業はすぱっとやめて、家にいることにしたんだよ」
「はあ、でも生活はどうするんですか?」
「気になるでしょ? 小説家になろってわけでもないよ」
彼はすこぶる上機嫌だ。その上機嫌ぶりがちょっと不気味に思えてきた。もしかすると危ない方向に話が進むのかな、と若干警戒し、身構える。
「僕は前から株をやっていてね。それがここのところ、本当に調子がよくて。これからはそっちのほうで行こうかなと思っているんだよ」
「株ですか。生活が維持できるぐらい稼がれているのですか?」
「わははは、生活の維持なんてレベルじゃないよ。人には言わないで欲しいのだけどね、今、僕には14億の資産があるんだ」
「えっっ! ほんとですか! 全く現実感がない金額なんですけど」
「ふふん、さすがにこれだけ儲かると、非常勤講師なんてやってられないでしょ」
かつてと同じさえない服装を身につけた彼が株で稼いだとはとうてい信じがたい話だった。しかも金額が桁外れすぎる。。。

「これだけお金があると、今まで見えなかったいろんなことが見えてくるよ。日本社会の問題がね。特に日本の税制、あれは狂ってるよ。累進課税たって正気の沙汰じゃないね。日本経済の停滞はあの税制度のせいだということが僕ははっきりわかった」
おいおい、14億稼いだって人に税金の話をされてもなぁ。。。こっちは非常勤掛け持ちの超低所得者というのに。話す相手がずれすぎだ。14億が本当か嘘かわからないが、税金云々の話は勘弁してほしい。
彼はまだ話し相手が欲しい感じではあったが、
「すいません、授業のプリント用意するのを忘れてまして。また」
と言って席を立った。
「うん、悪かったね。何かあったら遠慮なく言ってよ。力になるから」
本当に助けてくれるのかな。
あまりにも壮大な話に呆然としてしまう。それが真実なのかあるいは彼が強烈な躁状態にあるのか判然としない。味気ない白けた気分が後を引く。