閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ダントンの死について

鴎座
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  • 原作:ゲオルク・ビューヒナー『ダントンの死』(岩淵達治訳)
  • 台本・演出・美術:佐藤允
  • 台本協力:中島裕昭
  • 照明:齋藤茂男
  • 音響:島猛
  • 衣裳:今村あずさ
  • 小道具:福田秋雄(ゼペット),高橋環
  • 出演:笛田宇一郎,KONTA,武内靖彦,滝本直子,水無潤
  • 上演時間:1時間50分
  • 劇場:飯田橋 theatre iwato
  • 満足度:☆☆☆
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岩淵達治訳の原作はしばらく前に読んだばかり.フランス革命の立役者の一人であるダントンが,ロベスピエールを代表とする公安委員会の策謀により,処刑されるまでの一ヶ月間を描いた戯曲である.タイトル・ロールのダントンは作品の中心人物であることは間違いないが,フランス革命後の熱狂に浮かれる社会の姿を描き出した群像劇でもあり,革命に関わった中心的政治家が実名で多数登場する.
革命によって共和政に移行したものの,民衆の困窮ぶりは革命前と変化はない.革命の熱狂の興奮状態にある民衆の不満をそらすために,国民公会のメンバーたちは自分たちの中から反革命分子を選び出し,生贄としてギロチン台に送らなくてはならなかった.いつ誰がギロチン台に送り込まれるかわからない疑心暗鬼の中,極度の緊張状態にある国民公会議員の姿が生々しくこの戯曲では描かれている.左派であるジャコバン派の中で穏健派であったダントンは,ロベスピエールによってギロチン台に送られた.そのロベスピエール自身もダントン処刑の二ヶ月後に,独裁者であるとの非難を受け,ギロチン台に消えることになる.ダントンも単なる犠牲者ではない.恐怖政治の核となる革命裁判所や公安委員会を設立したのはダントン自身であるし,彼の主導でジャコバン派過激派二十一名が処刑されているのだ.
岩淵達治訳の詳細な注と解説,登場人物一覧を頼りに読み進めることで,作品のスケールの大きさとドラマのダイナミズムを感じ取ることができたが,社会背景,人物関係がある程度わかっていないと読み進めるのはかなりしんどい戯曲だと思った.まともに戯曲に取り組んで上演となると,相当な難物となるに違いない作品だと思った.上演時間も少なくとも三時間以上は必要だと思う.

ヴォイツェク ダントンの死 レンツ (岩波文庫)

ヴォイツェク ダントンの死 レンツ (岩波文庫)

このいかにも大変そうな重厚長大な戯曲を佐藤信演出でやるとなるとますますしんどい舞台になるのではと覚悟して観劇に臨む.
佐藤信は原作を解体していた.古典的な芝居の様相をまったく留めていない,アングラ趣味の実験劇に『ダントンの死』は変貌していた.ある意味,予想通り,とてもキツイ芝居だった.ダントンらしき人物はなんとかわかるけれど,他の役者たちは誰を表現しようとしているのはほとんど判別不能.基本的にはTバックのおそらく革製の下着を身に着けたほとんど半裸の女性が舞台中央附近でくねくねとしたエロチックな動きでパントマイムらしきものを踊り続ける中,その周囲で他の役者はじっとたたずんで時折テクストの断片をつぶやいたり,叫んだりしたりするもの.
けれんたっぷりの前衛的身振りは面白いといえば面白いのだけれど,芝居開始三十分で,革命時の民衆のようにダントンの処刑の場面を待望した.
視覚的にはとてもかっこいい.錬金術で使うような錆びた色合いの金属製オブジェが数基おかれ,舞台中央部には天井に伸びる細長い金属製の骨組みが伸びる.中央後側には木製の古ぼけた降る机,その後ろの背景にある扉から青白い蛍光色が漏れでている.
お芝居というよりは,ある種の活人画芸術といった趣.エキセントリックな表現は,前衛のパロディのようにも思え,早く終わらないかなぁと思いつつも,それなりには楽しむこともできたパフォーマンスだった.

『ダントンの死』は何回か映画化されているそうだ.今度探して見てみよう.このやっかいな戯曲に真正面から取り組んだ舞台も見てみたい.