閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

冒険王

青年団
http://www.seinendan.org/jpn/info/index.html

  • 作・演出:平田オリザ
  • 舞台美術:杉山至
  • 照明:岩城保
  • 衣裳: 有賀千鶴
  • 出演:永井秀樹、秋山建一、小林智、能島瑞穂、大塚洋、申瑞季、古舘寛治、石橋亜希子、大竹直、熊谷祐子、山本雅幸、二反田幸平、佐藤誠、海津忠、木引優子、近藤強、桜町元、鄭亜美
  • 劇場:東大駒場 こまばアゴラ劇場
  • 上演時間:1時間40分
  • 評価:☆☆☆☆★
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アゴラ支援会員の引換券を家に忘れてしまった。
受付で聞くと次回見に来たときに、今日の分も渡してくれればそれでいいとのこと。
こういうときの対応がアゴラ劇場はとてもスマートで手早い。前にもなんかこっちのミスでチケットの払い戻しとか頼んだときも思ったのだけれど。

自分が好きそうな話だな、面白そうだなと思って見に行ったら、期待に違わず非常に面白かった。
イスタンブールの日本人宿に流れ集まる長期旅行者たちの生態を描いた芝居。16歳の平田オリザが世界一周自転車旅行をおこなったときの観察がもとになっている。前途洋洋の未来をおそらく信じていたであろう十六歳の聡明な少年は、生きながら緩やかに腐敗しつつあるような彼らの倦怠には共感を覚えることはなかっただろう。今よりもずっと無邪気に見えたはずのあの笑顔をふりまきつつ、ダメなひとたちを、若い平田オリザは冷徹に観察していたに違いない。

個人的にはあのような当てのないだらだらとしたぬるい生活に強い憧れを持っている。自分にはできないとは思うのだけれども、家族も何もほっぽりだしたまま、国外に脱出し、穴倉のようなたまり場で徐々に全身から甘い腐敗臭が漂ってくるような生活を送り、そのまま溶けるように死んでいきたい、と思うことがしばしばある。もっともああいう生活を続けるにも、いくら質素に暮らしたとしてもいくばくかのお金は必要だ。

パリで15年以上日本に帰っていない50歳近くの日本人画家に会ったことがある。大学食堂に行ったときに、学生にしか購入できない安い食券を自分の代わりに買ってくれないかと頼まれたのだ。ぼろぼろの服を着て、生活用具一式をキャスター付のかばんに入れて持ち歩いていた。知人の家を順繰りに居候しながら生活しているらしい。パスポートの期限はとうに切れたままだという。銀行に勤めていたが30台の終わりに離職し、妻とも離婚。その後、ヨーロッパをスケッチしながら回っているとのこと。画家と言っても絵を売って生計を立てているわけではない。どうやって生活しているのかとたずねると、日本の親の仕送りでなんとか生きていると言っていた。

世界中におそらくこうした生き方をしている人間はたくさんいるに違いない。

イスタンブールの日本人宿の一室、何台かのベッドが置いてある部屋が舞台。ここに幾人もの旅行者が出入りする。この部屋ですれ違う彼らの会話から、そのどこか鬱屈した心理風景を繊細に浮かび上がらせる。いつもの平田節だが、その技は本当に見事だ。最後の場面の深い余韻も心にしみる。

きわめて多様な青年団俳優陣の個性の濃さも堪能できる芝居だった。男しかでない芝居なのかなと思っていたら、ちゃんと女優の出番もあった。小悪魔役者、木引優子がやはりとても魅力的だった。