閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

『親指こぞう ブケッティーノ』

http://www.oyayubikozou.com/

  • 演出:キアラ・グイディ  
  • 音響デザイン・美術デザイン:ロメオ・カステルッチ 
  • オリジナル版脚色:クラウディア・カステルッチ 
  • オリジナル版チーフ・ノイズメーカー:カルメン・カステルッチ 
  • オリジナル版企画製作:ソチエタス・ラファエロ・サンツィオ 
  • 出演:ともさと衣 
  • 原作:シャルル・ペロー 
  • 翻訳:とよしま洋 
  • 演出補:遠藤吉博 
  • 日本版音響:相川晶/畠山慎一(サウンド・ウィーズ) 
  • 舞台監督:有馬則純(ニケステージワークス) 
  • 日本版チーフ・ノイズメーカー:田畑祭(ニケステージワークス) 
  • 劇場:町屋 ムーブホール
  • 上演時間:70分
  • 評価:☆☆☆☆★

 町屋に『親指こぞう ブケッティーノ』を見に行った。オリジナルはイタリアのソチエタス・ラファエロ・サンツィオ制作で、日本のF/Tで『神曲』三部作などを上演したロメオ・カステルッチが音響と美術で関わっている子供向きの作品だ。 

演出のキアラ・グイディもソチエタス・ラファエロ・サンツィオに所属する演劇人だ。 

日本語版の上演は2004年からですでに二〇〇近い。原作は『長靴をはいた猫』で知られる17世紀フランスの作家、シャルル・ペローの『親指こぞう」である。 

この作品は、約2年前に当時小4だった娘と一緒に見ている。 

民話を題材とする親子向けの作品ではあるが、イタリアの代表的な前衛劇団であるソチエタス・ラファエロ・サンツィオの制作なのだから、普通の親子向け芝居ではない。 

何よりも独創的なのは客席・劇場の作りである。開場と開演が同時で、観客は順番に列を作って入場していく。客席と上演の場は分かれていない。中に入ると裸電球がひとつぶらさがっているだけで、かなり暗い。その裸電球の下で可愛いお姉さんがおいでおいでをして、観客を誘導している。お姉さんの周りには客席ではなく、木製の小さなシングルベッドが並んでいて、靴を脱いでベッドに入るように促される。壁際には木製の二段ベッドが並ぶ。床には木のチップが敷き詰められ、木製の低い天井で会場は覆われている。民話の世界の丸木小屋の中、夜の時間といった雰囲気だ。 

小さい子はその暗さに怯えてしまう子もいるだろう。大人でもちょっとぎょっとする。狭い通路を通って会場に向かうと、いきなり薄暗い小屋の中に誘導され、ベッドに寝るように言われるのだから。 

前回、娘と見たときは入場順が遅かったので、壁際の二段ベッドしか空いていなかった。今回は私と息子が先頭だったので、語り手であるお姉さんのすぐそばのベストポジションを取った。ベッドは小さいがクッションはきいていてかなりふかふかだ。寝転んで、毛布を被ってシーツと毛布を被って、始まりを待つ。 

 

ベッドは全部で50人分あるそうだ。親子連れが観客の中心なので、一回の公演でたった25組ほどしか見ることができないことになる。この公演はツアーでいろいろなところで上演されるため、公演のたびに会場にこのずいぶん手がかかるように見えるセットを設置することになる。ずいぶんと不経済な芝居だ。 

 

このひとり芝居のもう一つの大きな特色は音響効果である。夜、子供が寝る間に語り木枷をする親は多いと思うが、その語り聞かせを丸木小屋風の空間で、特殊な音響効果を使って行うというのがこの芝居の趣向になっている。語りのお姉さんの声色に変化を加えるほか、音が立体的に距離感を持って聞こえてくる。耳元で聞こえるような感じから、遠くでの怒鳴り声まで。音量の変化の幅も大きく、その効果は緻密に計算されている。 

 

親指こぞうは貧しい木こりの夫婦のもとに生まれた七人兄弟の末っ子が、知恵を使って窮地を切り抜けるというものだが、このような凝った空間・音響設計のもとで上演されるこの『親指こぞう ブケッティーノ』はかなり怖い。 

夜寝る前の語り聞かせのように、目をつぶって聞くことをおねえさんに最初言われるのだけれど、つぶると音の効果が見事すぎてさらに臨場感、恐怖は増大するだろう。私はお姉さんを観ていたかったので目を開けて聞いていたが。目をつぶってしまうと寝てしまいそうだったので。ただ場内の照明は、お姉さんを照らすかさつき電球ひとつだけなので暗くてお姉さんの顔はよく見えないのが残念だった。 

目を開けてみていると、語りのお姉さんは暗い中で、声色の変化だけでなく、いろいろな動きをつけて語っていて、その様子もかなり面白い。 

 

70分ほどの上演時間のうち、最初の45分ほどはかなり淡々と進んで行く。二度目に七人の子供が捨てられ、森の中にある鬼の家に迷い込み、鬼がかえってきたときからいきなり鬼のだみ声が大音響で響き渡りびっくりする。鬼がうなり声をあげながら、追っかけて来るときなど、思わず笑ってしまうぐらい怖い。隣のベッドに寝ていた息子を観察すると、毛布を頭から被っていた。その様子を見て、また笑ってしまう。 

お話を聞いているうちに、お話のなかに取り込まれ、自分が物語内の存在になってしまうような錯覚を与える演出になっている。小学校低学年以下の小さい子供にとっては、かなりショッキングな芝居なはずだ。怖い怖いけれども、面白い。グロテスクで悪趣味で、大人も楽しめる仕掛けだ。語りもの演劇の究極形が示されているように思う。 

 

見終わった後に息子に「怖くてシーツを被っていたんでしょ?」と意地悪なことを聞くと、「ううん。目をつぶって、この後に行く上野動物園のことを考えていたから、怖くなかった」と答えた。 

会場に行くのに西日暮里で乗り換えたとき、芝居が終わったら上野動物園に行きたいというリクエストがあったのだ。