閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

トラッシュマスターズ『来訪者』

 

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  • 作・演出:中津留章仁
  • 音楽:高畠洋
  • 映像:Scratch Alliance 
  • 舞台美術:福田暢秀 [F.A.T STUDIO]
  • 照明:宮野和夫
  • 音響:佐藤こうじ [Sugar Sound]
  • 舞台監督:白石定 [Stage Works]
  • 宣伝美術:中塚健仁
  • 出演:カゴシマジロー、吹上タツヒロ、阿部薫、星野卓誠、龍坐、川崎初夏、林田麻里、片山享、坂東工、山崎直樹
  • 上演時間:2時間55分
  • 評価:☆☆☆☆★
  • 劇場:座・高円寺

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劇団初見。トラッシュマスターズとその主宰者である中津留章仁の名前を、ツイッターのTL上や演劇雑誌で私が目にするようになったのは昨年あたりなのだが、劇団の旗挙げは2000年で、今回の『来訪者』は18作目の公演になる。

昨年末にイスラエルの劇作家ヤエル・ロエンによる政治劇『第三世代』上演の際の演出が中津留章仁だった。ドイツ、イスラエル、パレスチナを巡る問題を扱う緊張感に満ちた刺激的な政治劇だった。問題の当事者である現代のドイツ人、イスラエル人、パレスチナ人が語ったとしても本質に踏み込むことを躊躇するような生々しい本音、現状まで踏み込んだした非常に厳しい内容の芝居で、これを日本人の役者が日本語でやるとなるとどうしても空々しさから逃れることは難しい。しかし中津留演出では、原作戯曲を徹底的に読み込んで、戯曲のコンテクストの一部を意識的に操作することで、この空々しさを逆手にとって、われわれ日本人にとってもよそ事にならないような表現を作り出すことに成功していた。この『第三世代』公演を見て、私は中津留章仁の次の公演はぜひ見てみたいと思ったのだ。

『来訪者』は尖閣諸島の領土問題というわれわれ日本人にとってきわめてアクチュアルな政治問題を扱った作品だった。この種の政治問題を扱う劇作品となると、例えば燐光群のいくつかの作品のように、作り手のイデオロギーをもとに作品の世界が構築されてしまい、物語のなかの対立構造や人物造形は類型的なものに陥りがちだ。そして作品の評価の語られ方は、作品以上に図式的で予定調和に収まってしまうことが多い。

私自身はこの種の大きな政治問題についての関心は薄いほうなので、こうしたタイプの作品に啓蒙されることは多いけれど、どちらかというと苦手な部類である。『来訪者』も昨年末の『第三世代』を見に行っていなければ、敬遠していた可能性が高い。

『来訪者』はほぼ同じ長さ二部からなる作品である。上演時間は2時間55分で休憩はない。一部と二部の内容は時系列に沿っているが、その内容は対照をなしている。第一部の舞台は在中国日本大使館、第二部の舞台は尖閣諸島の魚釣り島にある海辺のスナックとなっている。センシティブで現行の領土問題を扱った重量級の政治劇ではあるけれども、作品自体はかなり娯楽性が高い。問題の取り組みについてはシリアスで、表現はリアルではあるけれど、劇中のドラマはわかりやすい。展開は緊密で飽きることがない。内容は「仮想歴史」ものであり、日中間の尖閣諸島領土問題が悪化して、戦争に向かっていく世界が描かれている。登場人物は、日本人、中国人、そして韓国人である。全て日本人役者が演じるが、劇中では中国語が飛び交う場面が挿入されるし、中国人・韓国人役の人物の日本語のなまりや仕草も徹底して模倣されている。

表現のディテイルやドラマの展開についてはリアリティが丁寧に追求されている一方、場の設定や人物関係については演劇的な嘘がどうどうと取り入れていて、この両方の混在の大胆さがダイナミックな劇的時空間を作り出している。第一部と第二部の内容の対比は、歌舞伎の時代物と世話物の対比を連想させる。在中国日本大使館内部での緊迫感に満ちた政治やりとりが展開する第一部を時代物とすれば、尖閣諸島領有を巡っての日中間の戦争の休戦中、魚釣り島の南国的風景のなかでの人間の情念の動きを、ロマンチックに繊細に描き出す第二部は世話物になる。第一部で登場していた外交官と大使館で働く中国人たちが、第二部ではそのほぼ全員が魚釣り島にやってきて再会するという強引でふてぶてしい人物設定の引き継ぎも痛快だった。内容の重点は第一部と第二部では違いがあるのだが、劇展開としては相似形になっているという仕掛けも秀逸だ。

役者の風貌もそれぞれ味わいがあって魅力的だった。中でも川崎初夏さんが色っぽくて、私の好きな顔立ちの女優だ。

観劇後、しばらくのあいだ呆然としてしまった。政治的で長くて真面目な題材だけど、ドラマはロマネスクで痛快でとにかく面白い。第二部のラストは少々予定調和過ぎ、甘すぎたかもしれない。しかしこんなに充実感を味わうことのできる芝居に出会うのは滅多にあることではない。中津留章仁作品は今後も見続けることになると思う。在日中国人の人にもぜひ見に来て欲しい作品である。彼らはどのように捉えるのだろうか。大学の非常勤講師室で会う中国本土や台湾出身の中国人講師の方々とこの作品の感想を語りあいたいものだ。