http://www.musashino-culture.or.jp/k_theatre/eventinfo/2013/06/-vol14.html
- 作:ウィリアム・シェイクスピア
- 脚色・演出:中屋敷法仁
- 舞台美術:原田愛
- 照明:松本大介
- 音楽:てらりすと
- 音響:上野雅
- 衣裳:高木阿友子
- 出演:伊東沙保、内田亜希子、岡野真那美、加藤紗希、北原沙弥香、葛木英、阪田瑞穂、七味まゆ味、杉ありさ、中林舞、新良エツ子、葉丸あすか、平田小百合、深谷由梨香、渡辺早織
- 上演時間:90分
- 劇場:吉祥寺シアター
- 評価:☆☆☆☆★
三ヶ月ぐらい前、娘が「シェイクスピアの『リア王』を読みたいけど、持ってない?」と尋ねてきた。福田恆存訳と小田島雄志訳が家にあったはずなのだけれど、本棚を探したら見つからない。そもそも何で中一の娘が『リア王』を読みたいのかわからない。『ロミオとジュリエット』とかだったらどっかでストーリーを耳にしてというのもあるかもしれないけれど。聞いてみると演劇部の同級生の男の子が『リア王』を読んでいたから、自分も読んでみたくなったとのことだった。ライバル心だろうか。
とこんなやりとりがあったしばらく後、柿喰う客の女体シェイクスピアの次回上演が9月にあり、演目が『リア王』であることがわかった。娘を誘ったところ、ぜひ見てみたい、とのこと。柿喰う客公演は高校生以下のチケットが1000円に設定されているのがありがたい。
http://kaki-kuu-kyaku.com/lear/
柿喰う客の女体シェイクスピア・シリーズは今回が4作目である。私は3作目の『発情ジュリアス・シーザー』以外の2作は見ている。高校時代からシェイクスピアのファンだったという柿喰う客・代表の中屋敷法仁のテクスト・レジが毎回、本当によくできている。俳優は若い女優のみで、女優のエロティックな魅力を強調した異色のシェイクスピアで、台詞もポップで荒っぽい現代語になっている。古典のいかめしさを打ち破る自由で挑発的な演出だけれど、各作品の見どころ、核となる部分はきっちりと提示している。テキストは大幅に刈り取られ、上演時間は2時間以内に収められているけれど、シェイクスピア上演の壺は外していない。
今回の『失禁リア王』はミュージカル仕立てである。女優たちがマイクを持って、カラオケさながらに様々なナンバーを歌う。音楽もよかったが、各役者の台詞の発声も独特の抑揚とリズム感があり、音楽的だ。台詞こそ上品さのない若者言葉風だけれど、シェイクスピアの原テクストが持っていたであろう音楽性を、中屋敷のテキストは持っている。上演台本作成にあたって、既訳はもちろんすべて参照した上で、原文にもあたっているとのこと。そして台詞を話す女優たちの身体の動きも発声のリズムと結び付き、視覚的な面でもリズミカルなのりが感じられる。俳優の身体の動きがしなやかで美しい。作品全体に、波打つような心地よいゆれがある。
女優たちはその若さと美しさの魅力を発散していた。リア王は柿喰う客所属の深谷由梨香。このリアに付き従う「阿呆」の役柄を豊かなバストをゆらす肉感的な女優、新良エツ子にあてたのは、素晴らしい思いつきだ。歌唱力も高い新良が演じる「阿呆」は、リア王の分身として、原作より大きな役割が付与されていた。リア王と三人娘のエピソードと対となるグロスター伯とその息子エドガーの悲劇も原作よりも強調されていた。妾腹の弟、エドモンドの策謀により、阿呆に身をやつして盲目となった父を見守るエドガーは柿喰う客の七味まゆ味が担当し、彼女の抜群の存在感で、エドガーの副筋が主筋と互角となるような重みを持った。主筋と副筋の対比がとても効果的になっていた。 リア王の三人娘、長女ゴリネルを演じた内田亜希子、次女リーガンの杉さりさ、そして三女コーディリア北原沙弥香は、いずれも美しく魅力的だった。とりわけ三女の北原沙弥香の愛らしさが印象に残った。
上演時間は90分。中盤、ちょっと単調でだれるところはあったけれど、原作の枝葉を思い切って断ち切ることにより、スピーディーでスタイリッシュな現代日本の『リア王』となっていた。ケレンたっぷりの娯楽性豊かな作品でもあった。 娘曰く「これまで見た芝居のなかで、三番目くらいに面白かった」とのこと。男装の女優はとてもかっこよく見えたらしい。