閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

2020/11/28 板橋演劇センター『終わりよければすべてよし』@板橋区立文化会館小ホール

板橋演劇センター公演No,106「終わりよければすべてよし」-公益財団法人 板橋区文化・国際交流財団

 
 
 
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A post shared by 片山 幹生 (@katayama_mikio)

遠藤栄蔵が主宰する板橋演劇センターの第106回(!)公演を見にいった。遠藤は小田島雄志訳のシェイクスピア作品を40年前から上演し続けている。
『終わりよければすべてよし』All's well that ends wellの上演は珍しい。私は初めて見た。シェイクスピアには、見終わってもすっきりしない「問題劇」と呼ばれる作品があって、『終わりよければすべてよし』はその一つだ。平民の娘が、貴族の男と結婚することになったのだが、男はその娘を拒み、逃げ出してしまう。娘はその男を追っかけ、初夜のベッドで別人と入れ替わるというトリックをつかって、その貴族の男と結ばれ、男は娘との結婚を受け入れざるを得なくなるという話だ。たしかにこの後、娘が幸せな結婚生活を送ることができるとは思えず、ハッピーエンドといってもすっきりしない。

板橋という東京の辺境の田舎町でシェイクスピア作品を40年間にわたって上演し続けるというのはすごいことだ。主宰の遠藤栄蔵は青年劇場の養成所で演劇を学んだとのことだ。初舞台は1970年と当日パンフに記述があった。
私は15年ほど前に一度、板橋演劇センターの公演を同じ会場で見たことがある。演目は確か『リヤ王』だったように思う。そのとき見てびっくりしたのは、劇団主宰であり、重要な役を演じる遠藤栄蔵に台詞が入っていなかったことだ。見せ場で台詞が出なくて、プロンプターの声が響き渡る。こんなリズムが悪く、たどたどしいシェイクスピアの舞台は見たことがなかった。

今回は新型コロナ感染拡大のなかでの公演で、出演者および観客に高齢者が多いこともあって、板橋演劇センターの感染対策はかなりきっちりやっていた。14人のキャストのうち、5人が比較的若そうな感じだ。他の新劇劇団で活動している人だろうか。道化役の俳優とヒロインのヘレナを演じた俳優は、普通に上手な芝居だった。他の俳優はいずれもかなり高齢だった。

ヘレナの後見人的なロシリオン伯爵夫人を演じた女優は、ずっと座ったままの芝居で、ちょっと大丈夫かなあと心配になるような感じだった。当日パンフにはご自身が「長生きの化け物の名に恥じず初舞台を新劇の開祖土方与志先生に演出していただいたのだから恐ろしいです」とあった。女優名、三條三輪でgoogle検索をかけてみると、なんと三條三輪さんは105歳だ。世界最高齢現役女優ではないか!だいたい歳を取ると台詞が入りにくくなる人が多いのだけど、三條三輪さんは演技こそ椅子に座ったままではあり、台詞のタイミングが遅れることはあったけれど、かなり長時間舞台に出たままで、そして台詞量も多かった。驚くべきことだ。まさに演劇界の長生きの化け物にふさわしい。三條三輪さんはしかも耳鼻咽喉科の医者としても現役であることをあとでtwitterで教えて貰った。五反田に三條三輪さんが院長を務める医院があった。

www.sanjo-jibika.com

 

高齢俳優で舞台進行はかなりおぼつかないかんじではあったが、ヒロインのヘレナ役の朱魅の堅実な芝居が最初から最後まで作品をしっかりつなぎとめていた。朱魅で検索してみると、twitterとインスタグラムでアカウントを見つけた。「元劇場ダンサー#踊り子 、#美術モデル 、#フロアショー 、イベント 、#演劇 と幅広く」活動されているひとだった。 「#浅草リトルシアター #艶絵巻 。 理容師免許、アロマテラピー基礎応用研究科卒業。メディカルハーブ、色彩能力検定2級、ハクビ着付け教授免許会得」とある。やはりすごい人だ。

公演前の前説で主宰の遠藤栄蔵からあいさつがあった。15年前にすでに台詞が入らなくなっていたので、さらに老化が進んでよぼよぼになっているのではないかと思ったのだけれど、その口調はしっかりとしていて、むしろ15年前より若返った感じがした。もしかすると15年前はたまたま体調が悪かっただけだったかもしれない。40年、文化の僻地の板橋でシェイクスピアを上演し続けるような人なんだから、かつての新劇のスタイルを踏まえた見事な演技を見せてくれるかも、とこの開演前の挨拶で思った。
芝居の進行はギクシャクして、朱魅と道化役の眞藤ヒロシほか、数名の俳優の演技でなんとかシーンがつながっていた感じだったのだが、フランス王を演じる遠藤栄蔵が経験と新劇で鍛えられた底力を見せて、芝居をきりっと引き締めるのかと思ったのだが、やっぱり今回も台詞が入っていない!むしろ出演者のなかで一番台詞のとちりが目立つ。舞台上に響く大きなプロンプターの声に、客席からは失笑が度々湧き上がった。しかし遠藤栄蔵はそんなことに全然動じる様子がない。さすが40年、このスタイルでシェクスピアを演じ続けただけのことはない。
「台詞が出てこない。いったい、それが何の問題があるんだっ!」と言っているような雰囲気と貫禄は、まさに王さまを演じるのにふさわしいものだった。
舞台公演の完成度の高さなんかはなから問題にしてないのだ。とにかく無理矢理でもシェイクスピアをやる。やり続ける。この無理矢理感こそ、このどうかしている感じこそ、驚異的だ。遠藤栄蔵の真正の演劇バカぶりに感動してしまった。
板橋演劇センターはもちろん今後もシェイクスピアを板橋で上演し続ける。次回公演は5月に予定されている。そして当日パンフレットには次々回公演の予告も。次回は『ヴェニスの商人』、次々回は『尺には尺を』。もちろん公演は見にいくつもりだ、板橋演劇センターがある限り。
「出演者募集中!」と太字ゴシック体で記してある。うーん、惹かれてしまう。
遠藤栄蔵がどんな感じでシェイクスピア公演を立ち上げていくのか見てみたい。出演、してみたいような、。