閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ハシムラ東郷

燐光群
http://www.alles.or.jp/~rinkogun/

  • 作・演出:坂手洋二(宇沢美子著『ハシムラ東郷 イエローフェイスのアメリカ異人伝』(東京大学出版会)より)
  • 美術:島次郎
  • 照明:竹林功(龍前正夫舞台照明研究所)
  • 音響:島猛(ステージオフィス)
  • 衣裳:宮本宣子 
  • 舞台監督:高橋淳一
  • 振付:矢内原美邦
  • 演出助手:城田美樹
  • 出演:田岡美也子 平栗あつみ 植野葉子

中山マリ 鴨川てんし 川中健次郎 猪熊恒和 大西孝洋 樋尾麻衣子 杉山英之 安仁屋美峰 伊勢谷能宣 いずかしゆうすけ 西川大輔 武山尚史 鈴木陽介 矢部久美子 渡辺文香 横山展子 根兵さやか 橋本浩明

坂手洋二の芝居の台詞は濃度が高くて、見終わったあと疲労してしまうことが多い。『ハシムラ東郷』の台詞に含まれる情報量の多さにはついていくことができず、途中で脱落してしまった。オーバーフローである。
作品の「原作」は宇沢美子氏による、二〇世紀初頭にアメリカで大人気だったこの架空の日本人学僕についての研究書である。この時代、ハシムラ東郷はアメリカでもっとも有名な日本人だったと言う。この架空の日本人の肖像画や写真(!)も数多く残っている。吊り目、眼鏡、出っ歯という日本人像のステレオタイプの起源はこのハシムラ東郷にあるらしい。

宇沢美子が発掘したハシムラ東郷の多様な姿は、大戦前の日米関係のゆがみ、アメリカの日本観を反映している。この芝居ではハシムラ東郷の物語を軸に、宇沢氏がハシムラ東郷に関心を持つきっかけとなった、ハシムラ東郷とほぼ同時代に生きたフェミニスト、シャーロット・ギルマンの女性解放運動、そして宇沢美子自身の物語を重ねて、構成されている。断片化されたパーツがめまぐるしく交錯し、時代と状況を立体的に描き出すブレヒト的演劇。ただし過剰、詰め込みすぎで、私の咀嚼速度では芝居を追い切れなかった。主題・方法は興味深いけれども、混沌としていて未整理な感じの舞台だった。

それにしても宇沢美子氏はまさか自分の研究著作が芝居の題材になるなどとは夢にも思わなかっただろう。坂手版『ハシムラ東郷』の過剰と混沌は、坂手が著作の読書から読み取ったものを出来る限り一本の芝居のなかにつめこもうとした結果に違いない。舞台作品としては成功していないかもしれないけれど、坂手が著作に対して誠実に向かい合い、読解していった過程を、作品のなかに見て取ることができる。宇沢氏は舞台作品のための資料提供などで大いに協力したそうだが、坂手氏は上演初日まで敢えて宇沢氏に作品内容については伝えなかったそうだ。自身が心血を注いで形にした研究著作が、このような形で舞台作品として立ち上がったことを確認したときの、宇沢氏の感動はどのようなものだっただろう!