閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

森のなかの海

宮本輝(光文社文庫,2004年)
森のなかの海(下) (光文社文庫)
評価:☆☆

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幻の光』『蛍川』『泥の川』『錦繍』『五千回の生死』などの初期の作品群が持っていた,強烈な読後感を残す表現の力強さと物語の叙情的な美しさはいつの間にか宮本輝の作物からは消えうせてしまった.しかしその後の彼は純文学作家ではなくなったけれども,抜群のストーリーテイリングのうまさを見せる質の良い通俗作家だった.『ドナウの恋人』『優駿』『ここに地終わり海始まる』『彗星物語』そして『流転の海』などの傑作があった.残念ながらここ数年の彼の作品は,読後の印象の薄い明らかにその創作力の枯渇を感じさせるようになってきている.『森のなかの海』は近年の宮本作品の悪しき部分が集約されているような感じ.通俗道徳のおじさんくさい説教,陳腐な政治観,作者の信仰する創価学会的解釈を感じさせる仏教因果論.登場人物が滔々と語る「ご立派な」人生論のそらぞらしさ.話の組立もかつての華麗なストーリーテイリングはない.行き当たりばったりの非現実的なご都合主義.特に彼の若者の書き方,とらえ方のあまりの都合のよさは失笑もの.うーん.
才能の枯渇を一番わかっているのは作者自身だと思うのだが,創作家という者は無残に衰えた己の作物をどう見つめるのだろうか.