閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

血の婚礼

http://www.duncan.co.jp/web/stage/bloodwedding/index.html

■原作/フェデリコ・ガルシア・ロルカ
■台本・演出/白井晃
■音楽/渡辺香津美
■美術/二村周作     ■照明/高見和義
■音響/山本浩一     ■衣装/太田雅公
■ヘアメイク/宮内宏明  ■振付/斎藤克己
■演出助手/豊田めぐみ  ■技術協力/堀内真人
■出演/森山未來ソニン浅見れいな、根岸季衣、池谷のぶえ尾上紫、岡田浩暉;渡辺香津美

  • 上演時間:約二時間
  • 劇場:新大久保 東京グローブ座
  • 評価:☆☆☆☆☆

すばらしい舞台だった。作品内容そのものよりも、スペクタクルの圧倒的な充実ぶりに終演後に涙がこぼれるほどの感動を覚える。
ロルカの作品の舞台を見るのは今回が初めてだった。以前から観てみたいとは思っていたのだけれど、どういうわけか機会を逸していたのだ。今回の公園は白井晃演出に加え、渡辺香津美が音楽を担当すると知って、好奇心を掻き立てられ、チケットは先行発売の時期に購入していた。渡辺香津美は劇中で使われる音楽の作曲、演奏を担当するだけでなく、舞台上演中に生演奏で観客を楽しませてくれる。舞台袖でギターで役者たちの動きを繰るような自在のギター演奏を聞かせることもあれば、時に舞台の中に入り、登場人物の楽師の一人として、宴会の音楽を奏でる。
舞台美術は抽象的なイメージのものだった。舞台前方1/3ほどは客席の中に張り出し、三方向を客席に囲まれている。舞台間口は8メートルほどの幅。客席に接する前方先は数段の階段があり、そこから舞台奥に向かって数メートルほどの「中台」、さらに2、3段高いあがったところで舞台は10メートルほどの奥行きを持ち、そこから天井に向かって背景が伸びる。設置された舞台は、アンダルシアの地を表象する赤茶色をしていて、照明の変化により多彩な表情を提示する。劇中盤では天井から垂れ下がる、刺繍の施された緋色の巨大な紗幕が背景をさえぎり、舞台空間に変化を与える。衣裳もまた白、ベージュ、薄茶を基調とした質素な田舎風の衣裳ながらその抑制された色彩感覚は、舞台背景とともに、作品世界を見事に反映していた。

舞台空間の視覚的イメージには白井晃ならでは洗練されたセンスを感じる。照明の特殊効果で地が、「地面」ににじんで広がっていくシーンも印象的だった。
定型的で古典的な悲恋の物語である。スペインのアンダルシアの乾燥した暑さの中で起こったトリスタンとイズーの物語のバリエーション。主人公のレオナルドを除き、すべての人物に劇中で固有名詞が与えられていない。レオナルドという固有名詞を持つ男の周りに類型的な役柄を与えられた人物が何人か配置され、彼らはレオナルドの衝動に翻弄される存在である。さらに「黒い男」と「少女」という幻想的な役柄がこれらに加わる。三つの異なる次元に属する登場人物が、叙事詩的な舞台背景のもと、極めて寓話的でもあり叙情的でもある物語を展開させていく。
音楽と舞踊は、物語のアクセントとなり、時に舞台上で起こった事件を、時に登場人物の心理を、象徴的なやり方で印象づけていた。
ソニンは本当に魅力的な舞台俳優だと思った。そのむちむちとした肉感的でたくましい身体は舞台上で恐るべき存在感を発揮し、その童顔と透き通った声と相まって何とも言えぬ清浄な官能性を醸し出す。
森山未來の台詞はそれほど多いわけではない。しかし彼の存在には、周囲の人間を巻き込んで狂わせてしまう役柄にふさわしい、強烈な吸引力があった。そのダンスの表現の激しさとシャープさは、作品の主題である制御不能になった情念そのものを、見事に表象しているように思えた。ソニンとデュオで踊るシーンも胸が締め付けられるほど美しかった。この二人が舞台に一緒にたつシーンでは、情念の高まりがもたらす張りつめた緊張感が劇場全体に広がるような雰囲気だった。この高まりゆえに、詩的で情熱的な台詞も、舞踊のシーンもリアリズムの演技からごく自然に移行していき、翻訳劇にありがちな違和感を全く感じなかった。
この二人以外の脇役も素晴らしい。中でも舞台の世界のいびつさと不自由さを象徴するかのように常に片足を引きずって歩く少女を演じ、幻想劇の部分では官能に身を任せる妖魔のような人物を演じた尾上紫の可憐な美しさにも目を奪われた。他にも低めの声で語りかけるような魅力的な歌声を聞かせ、舞台上に物語特有の空気を作り出した根岸季衣、夫と二人の息子を殺された絶望と怒りと悲しみを屈折した呪詛の言葉で表す母親役の江波杏子など、出演する役者はそれぞれの個性を配役の中で最大限発揮し、その存在感を示していた。
シンプルで力強い愛の物語が、洗煉された舞台空間、様々な個性の見事な融合、精緻な演出プランの中で表現された非常に充実した舞台、大いに満足する。