閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

俊寛/人情一夕噺─子はかすがい

前進座公演

  • 場所:吉祥寺 前進座劇場
  • 上演時間:2時間45分(『俊寛』1時間、休憩25分、『人情一夕噺』1時間20分)

http://www.zenshinza.com/stage_guide/syunkan/syunkan-arasuji.html
『俊寛』鬼界ヶ島の場

  • 作:近松門左衛門
  • 補綴:平田兼三
  • 美術:鳥居清忠
  • 照明:寺田康夫
  • 浄瑠璃竹本泉太夫
  • 三味線:野澤松也
  • 出演:中村梅之助(俊寛)、山崎辰三郎(康頼)、成経(嵐広也)、千鳥(河原崎國太郎)、基康(嵐圭史)、兼康(小佐川源二郎)
  • 評価:☆☆☆☆
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プログラムに掲載された梅之助のインタビューで前進座版『俊寛』の変遷や改訂にあたっての工夫が説明されているが興味深かった。通常の歌舞伎版も、原点の人形浄瑠璃版からするとずいぶん変更されているのだろうが、前進座の改訂は基本的な筋や演出は古典の約束事を踏まえているものの、実質的には翻案に近いものであるように思った。ちょっと考えればごく当然のことだが、いくら歌舞伎の筋書の多くが荒唐無稽なものとはいえ、見取りで一部分だけ取り上げるには芝居としての無理が大きいのだ。前進座の場合、歌舞伎通とは言えない「素人」の観客が中心であることを意識していること、そして歌舞伎作品を近代的な意味でのドラマとして成立させることを目指すという演劇美学ゆえ、翻案は全般に松竹大歌舞伎より大胆に行われる傾向が強いのではないだろうか? 
古典作品については、そうしたドラマを筋書のなかでより自然に展開させるという方向を正当化する後ろ盾として、原典への回帰があるのだろう。前進座の歌舞伎が、歌舞伎臭くない、現代劇を連想させる、わかりやすいというのは、こうした改訂のあり方によるものだろう。伝統の踏襲よりは、原典に回帰して新たにドラマとして再構成するというやり方である。
梅之助の『俊寛』については、玄人の目から見ると不満もあるのだろうが、僕にとってはきめ細やかな心理描写のあるよくできた芝居に感じられた。幕切れでは梅之助はインタビューでは「これでよいのだ、と静かに笑う」と語っていたが、僕にはあの幕切れの俊寛の表情には、世捨て人の道を自ら選んだといえ、断ち切れない故郷、都への狂おしい未練が現われ出ているように見えた。
今回は嵐広也が成経を演じた。若々しくてハンサムな役者、声もよく通る。梅雀退座のあと、前進座の若い世代でもっとも期待したい役者だ。踏ん張って大化けして欲しい。
来年の前進座東京公演では、今のところ歌舞伎作品の上演は予告されていない。うーん、これはいかにも寂しい。前進座で歌舞伎公演を続けていくことの難しさは何となくわかるのだけれど。

『人情一夕噺 ─ 子はかすがい』

  • 脚色:平田兼三
  • 改訂:小池章太郎
  • 演出:鈴木龍男
  • 美術:高木康夫
  • 照明:寺田義雄
  • 音楽:枡屋佐之忠
  • 出演:藤川矢之輔、瀬川菊之丞、渡辺亮仁(子役、猪之吉)、山崎辰三郎
  • 評価:☆☆☆★
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古典落語の翻案だが、この翻案はとてもよくできていた。前進座では1956年に演じて以来の上演だと言う。
世話物歌舞伎の新作といっていいほどバランスよく肉付けされ、舞台にお話がなじんでいた。藤川矢之輔が遊びと酒が過ぎて妻子を捨てた棟梁役を実によい味わいとともに演じる。大家役の山崎辰三郎も達者だし。三味線や祭り囃子の音楽がBGM的に用いられ、江戸時代の下町の風情を巧みに伝えていた。また子役の子が達者で可愛らしい。
他愛のない話ではあるものの、前進座らしいほのぼのとした作風の佳篇だと思った。