閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

田中さんの青空

http://www.en21.co.jp/tanakasannoaozora.html
演劇集団 円 公演

  • 作:土屋理敬
  • 演出:森新太郎
  • 美術:奥村泰彦
  • 照明:沢田祐二
  • 衣装:koco
  • 音響:穴沢淳
  • 出演:山乃広美、片岡静香、秦由香里、林真理花、乙倉はるか、上杉陽一、大竹周作
  • 劇場:田原町 ステージ円
  • 上演時間:約2時間
  • 評価:☆☆☆☆★
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これは面白い作品だった。戯曲と演出の仕掛けの意外性に感心させられた。演劇的な趣向の面白さだけでなく、そこで描かれる物語もシンプルながらずっしりと重く、中身のつまったものだった。芝居の面白さを堪能できる一作だと思う。
女五人による一人芝居が最初に演じられる。それぞれあまり内容的な関連がなさそうな日常生活のスケッチである。
舞台美術は背景に大きな窓、中央には巨大な木のテーブルが置かれているだけのシンプルなもの。照明は終始くらめである。
一人芝居ゆえ、主人公の女性はしゃべり続けることで場を維持していなくてはならない。シチュエーション的に一人芝居での場の維持がより自然に感じられるものとそうでないものの差はあったものの、各10分ほどの一人芝居は、喜劇的な枠組みの中で各女優の芸力を存分に堪能できるものだった。
50分ほどで一人芝居は一通り終わってしまう。「なるほど、円の役者の演技はたいしたもんだし、戯曲も悪くない。新鋭の演出家、森新太郎の演出手腕も堅実だけれど、こういったコントのオムニバスだったらいくらよくできているといっても、僕としてはわざわざ見に来ることはなかったなぁ」とこの時点では思っていた。こんな受け狙いの芝居をかけるのだったら、来年は円の支持会員申し込みも考えものだなぁとか思っていると、女の一人芝居のはずが二人の男優が登場する。二人の男優のやりとりはユーモラスだけれど、どこかかみあっていないような感じがある。

以下、ネタバレを含む。これから見に行く人がこのテクストを読んでいるのであれば先を読むことはお勧めしない。


後半は前半提示された一人芝居によるコントという枠組みが静かに突き崩される。作品タイトルになっている「田中さん」そして「グレープ」の二つだけが、前半の一人芝居をつなぐキーワードだった。後半は独立したエピソードに思えた前半の登場人物たちがつながっていく。そのつながり方の意外性がいい。そしてつながっていく物語は、前半の一人芝居のエピソードが伝える喜劇的雰囲気とは、まったく対照的な深刻で重い物語が浮かび上がってくるのだ。しかしその「重苦しさ」は過去の追憶にある牧歌的な記憶と最終的に結びつくことで、虚無的な悲観主義から脱している。
戯曲の趣向とその趣向を見事に提示した演出手腕に感心する。
複雑なやりかたでシンプルな物語が提示される。しかしその物語で描かれる現実のやりきれなさの表現には、思いがけない深い寓意が含まれていた。