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彼女の名はサビーヌ(2007) ELLE S'APPELLE SABINE
- 上映時間:85分
- 製作国:フランス
- 初公開年月:2009/02/14
- 監督:サンドリーヌ・ボネール
- 脚本:サンドリーヌ・ボネール
- 共同脚本:カトリーヌ・カブロル
- 撮影:サンドリーヌ・ボネール、カトリーヌ・カブロル
- 出演:サビーヌ・ボネール
- 劇場:渋谷 アップリンク
- 評価:☆☆☆☆
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施設で生活する自閉症の女性(38歳)の姿を撮影したドキュメンタリー作品。
監督のサンドリーヌ・ボネールは、フランスの人気映画女優であり、この映画の「主演」女優であるサビーヌの一歳年長の姉でもある。妹のサビーヌの10代から20代にかけてころ撮影された映像と現在の彼女の姿が交互に映し出される。
サビーヌには小さい頃からどこか変ったところがあり、学校での集団生活にはなじめなかった。中学の頃から彼女は学校通いをやめ、家族とともに家で過ごすようになる。しかし過去のビデオ映像を見る限り、感情表現には若干の年不相応の幼さは感じられるが、当時の彼女の表情は豊かであり、他人ともごく自然に応対している。ニューヨークへの海外旅行にも姉と一緒に出かけることができた。20代後半になり、彼女の兄の急死をきっかけに、彼女の情緒は不安定になる。母親への暴力行為が激しくなったため、28歳から33歳までの五年間、彼女は精神病院で過ごすことになった。
精神病院での生活は彼女をさらなるパニックへと押しやった。生活の自由を奪われ、多量の薬を投与され続けた彼女は、五年の入院生活のあいだに、30キログラム体重を増加させ、よだれをたらし、他人とまともにコミュニケーションを取ることもできなくなり、自分の身の回りの世話さえできなくなってしまっていた。
現在の彼女は、成人の自閉症患者の療養施設で、徐々にゆっくりとその生活機能・感情表現を取り戻しつつあるように見える。
実姉である撮影者の視点は、観客の安易な感情移入を拒むような冷厳で強い意志が感じられる。生き生きとした表情を持っていたかつての妹の姿と対比させつつ、無気力と倦怠のモンスターと化してしまった現在の妹の姿、現実のありようを、ごろんと観客に提示しているかのようだ。適切な理解とケアを持っていればもしかすると妹がこんな姿になってしまうことはなかったかもしれない、という無念さ、ある種の罪悪感、社会的ケアの不備に対する苛立ちがじわじわと伝わってくる。
精神病院などで長期入院しているうちに、過剰投薬によって、廃人化が一気に進んでしまうというのはいかにもありそうなはなしだ。そもそも入院生活自体、大きなストレスとなる。しかしかぎられたスタッフで、多くの患者を効率的に管理するためには、暴れる可能性が高い患者を薬漬けで大人しくさせる程度やむを得ないことなのかもしれない。理想的な対処法ではないが、もし個々の患者に理想的な対処を行おうとすれば、莫大な人件費が必要となるに違いない。そうしたコストを負担できるのはおそらく経済的に非常に余裕のある層だけに違いない。家族によって家庭内で過ごせるのが望ましいのだろうが、それでは家族の他の人間が疲弊し、共倒れとなってしまう。薬漬けによる患者の「無力化」は、ある種のやむを得ない必要悪なのかもしれない。
自閉症や精神遅滞の家族をかかえる人だけでなく、老人介護の問題にもこの映画で取り上げられた問題はつながってくる。自己を守るために、肉親をそうした施設に送るとき、ほとんどの人間は何らかの後ろめたさを感じずにはいられないように僕は思う。そして現状では、現在のサビーヌのように、現段階における最良の施設に送ることができるのは、極めて限られた階層の、運のよい人なのだろう。
変りはてた実妹の姿をカメラ越しに冷徹に観察する監督の心情を思うと胸がしめつけられる思いだった。妹が何遍も、おそらくこれまで何千回も繰り返していたに違いない「サンドリーヌ、明日も会いに来るって約束してくれる?」という問いかけが痛切に響く。
かつての自分の姿、ニューヨーク旅行の当時の映像をセビーヌに見せたときに、セビーヌが見せた人間的な表情、涙と笑顔が印象に残る。
サビーヌはいま、自身を写したこのドキュメンタリーを見るのを日々の大きな楽しみとしているそうである。