閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

カーゴ 東京-横浜 Cargo Tokyo-Yokohama

Rimini Protokoll
リミニ・プロトコル
http://festival-tokyo.jp/program/rimini/

  • 構成:シュテファン・ケーギ Stefan Kaegi
  • 演出:イェルク・カレンバウアー Jörg Karrenbauer
  • 出演:青木ミルトン登、畑中力、サブリナ・ヘルマイスター、関口操、秦秋弘、植村大樹
  • 映像出演:伊藤友昭、木浦智之、玉井幹司、中山宏
  • 日本語版テキスト構成・通訳:荻原ヴァレントヴィッツ
  • テクニカル・コーディネイト:遠藤豊(ルフトツーク)
  • 映像:ミカエル・レナッシア(ルフトツーク)
  • 音響:堤田裕史(レイー)
  • 評価:☆☆☆☆☆
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リミニ・プロトコルの作品に接するのは「ムネモパーク」、「資本論」に続き、今回の「Cargo」が三度目になる。いずれもプロの役者が物語を演じる作品ではない。出演するのは演技の素人であり、その素人が現実世界の属性を背負ったまま観客の前に登場し、自分自身を演じる。イベント的な仕掛けを組み込んだ巧みな構成によって、知られざる日常を鮮やかに浮かび上がらせる遊戯的でありながら優れて啓蒙的な作品だった。「Cargo」では観客は貨物としてトラックの荷台に積み込まれるという。貨物となった観客はどのような世界に誘われたのだろうか。

12月3日(木)、私が「Cargo」の荷台に詰め込まれた日の午後は雨模様だった。集合場所であるクリスタルヨットクラブの駐車場には、外観上、何の変哲もない白い大型のトラックが一台止まっている。私が集合場所に着いたのは受付が始まって10分後の14時40分ごろだった。トラックの荷台にはコンテナがのっている。中に入ると観客にはそれぞれ貨物用のタグが渡される。コンテナの中の客席はすでにかなり埋まっていた。荷台に詰め込まれる観客の数は30人くらいだろうか。進行方向に向かって横向き、荷台の側面に対峙するかたちで三段の客席が設置されていた。狭苦しくて、薄暗いコンテナ内部はかなり大きな圧迫感があった。閉所恐怖症の人は我慢できないかもしれない。公演のガイド役はトラックの二人のドライバーである。二人とも現役のベテランドライバー。なぜかトラックの出発地は「新潟」であり、東京を経由して横浜に向かうことになっている。通常だとノンストップで6時間の行程だそうだ。新潟―横浜はおそらく一般的な物流ルートの一つなのだろう。途中何カ所か渋滞のポイントがあるという。午後3時過ぎ、すべての貨物の積荷が確認される。運転手の方から簡単な挨拶のあと、トラックは目的地、横浜に向かって出発する。

トラックは湾岸沿いの、貨物トラックが多く走る道を走っていく。観客正面の壁はスクリーンになっていて、そこには運転中のドライバーの様子や、走っている外の情景、そして戦後日本のトラック物流の歴史がテロップで映し出される。佐川急便事件などの汚職事件の背景もテロップで映し出される。この正面の壁は可動式で、トラックが走り出してしばらくすると引き上がり、前面はガラス張りになる。外から「貨物」の様子の丸見えの状態になる。走行経路上にあるトラック・ターミナル、倉庫などに到着するたびに、それらの施設の説明映像が途中上映される。高速道路の管理センター、フォークリフト運転者、ガソリンスタンドの洗車場などで働くひとのインタビュー映像が前面スクリーンに映し出される。あるいはバスの外に実際に働いているひとが登場し、作業が実演されることもある。トラックを運転するドライバーの実況映像も断続的に映し出される。自分自身のプロフィール、家族のこと、トラック運転の職業上のこと、走行中場所の説明など、雑談風にドライバーは話す。

全速力で走る自転車や派手なペイントが施されたデコ・トラが並走したり、トラックを待ち伏せしていたかのように走行経路の途中で同じ歌手が、雨の中、唄を歌っている現場に何回か遭遇するというユーモラスなハプニングも仕掛けられている。。午後四時を過ぎるとそとは暗くなる。湾岸に並ぶ巨大な倉庫、クレーン車、航行する船、街の明かりなどの美しい夜景を眺めながら、そうしたイベントの数々を楽しむ。トラックの終着地は横浜みなとみらいにある広大な駐車場だ。大観覧車やビルの夜景が美しい。



二時間半の走行中、「貨物」である観客は荷台に固定されたまま、様々な出来事を体験する。圧縮され、再構成された日常の風景、トラック貨物やドライバーが時折遭遇するようなイベントがバランスよく配置される。トラック物流という身近でありながら、我々の意識の外にあった未知の世界の奥行きを発見させてくれる啓蒙的なパフォーマンスだ。綿密な取材に基づき、巧みに再構成された風変わりな社会科見学のような公演である。しかしそれだけでない。この二時間半の行程で「貨物」が目にしてきたさまざまなものや見慣れない風景、そしてさまざまな人々の姿や声は、乗客の心のなかでそれぞれの物語を生み出しているはずだ。自分の現実とは関わりのない殺風景に思えた世界の日常に、豊かで味わいのある物語が存在しうることをこの短い旅は教えてくれる。この非常にユニークな参加型パフォーマンスは紛れもなくひとつの演劇作品なのだ。旅の終盤、美しい夜景を眺めながら、観客は旅路を反芻する中で、与えられた情報が美しいポリフォニーを奏でていることに気づくだろう。このトラックの旅は、平凡な日常にある奥行きの深さを教えてくれる。そして生活へのおおらかで暖かい肯定感に満ちている。