閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

旅とあいつとお姫さま

座・高円寺 - 「旅とあいつとお姫さま」の詳細情報

  • 原作:ノルウェーの昔話「旅の仲間」、アンデルセン作「旅の道づれ」
  • 脚本・演出:テレーサ・ルドヴィコ
  • 台本監修:佐藤信
  • 翻訳・通訳:石川若枝
  • 美術: ルカ・ルッツァ 
  • 照明:齋藤茂男
  • 音響:島猛
  • 衣裳:ラウラ・コロンボ、ルカ・ルッツァ
  • 衣裳製作:今村あずさ
  • 小道具:ゼペット/福田秋生
  • 舞台監督:佐藤昭子
  • 制作協力:ジュディ・オーエン
  • 出演:高田恵篤、KONTA、楠原竜也、辻田暁、逢笠恵祐
  • 上演時間:1時間
  • 劇場:座・高円寺
  • 評価:☆☆☆☆☆
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文句なしに素晴らしい舞台だった。子供向きの舞台だと思って敬遠している人もこの作品を見るために劇場に足を運ぶ価値はあると思う。残酷不条理童話であるお話もいいし、演出にいろんな創意があるし、そして何より演技者が素晴らしい。夢幻の淵を覗き込むような60分だった。

座・高円寺制作のこの作品は今回が再演になる。昨年が初演だった。非常に評判の高い作品であり、私が信頼している演劇好きにも絶賛している人は何人かいて観に行ったほうがいいと言われていたのだけれど、私がルドヴィコの演出があまり好みでないのでなかなか足が向かなかった。ルドヴィコの作品はこれまで2作品、世田谷パブリックシアターで見ている。いずれも童話を原作とした幻想的な美しさに満ちた作品だった。こちらも極めて質の高い子供向きの芝居として評判のよい作品だったけれど、確かに視覚的には美しい舞台ではあるけれども子供向きの作品としては高踏的過ぎる、気取りすぎな感じがして今ひとつ好きになれなかったのだ。「旅とあいつとお姫さま」という邦題のセンスも私の好みではない。

今回も行くかどうか迷った。どうせ行くなら娘と一緒に観に行きたかったのだが、今年は日曜に公演がないので娘と一緒に観に行ける回がない。「中年男一人が子供向きの童話劇を見てもなあ」と思いずっとチケットを予約しないままだった。結局当日券で見たのだけれど、観に行ってよかった。これまで私が見たルドヴィコの二作品よりはるかに優れたものであっただけでなく、これまで私が見た子供向きの演劇の中でも5本の指に入る作品だった。

シンプルな舞台美術、照明、衣裳をセンス良く構成し、洗練された造形美を提示しているのは、他の作品でも同様だが、今回の舞台はノルウェーのおとぎ話「旅の仲間」とアンデルセンの「旅の道づれ」から再構成した脚本が面白いし、そして何より印象的だったのは役者の動きだ。軽やかでしなやかでそしてスピード感がある。まるでディズニーのアニメの登場人物たちのような滑らかさで優雅に舞台を動き回る。京劇を連想させるところもあるその動きに魅せられる。お話にはほどよくグロテスクな残酷さが織り込まれていて、その不気味さが魅力になっている。
今年見られなかった人は、来年また再再演があるそうなのでぜひ見て欲しい。次回は娘を連れて見に行きたい。杉並区の小学校4年生は全員、劇場にこの芝居を見に来るそうだ。

父親をなくしその遺産を手にした若者が旅に出た。旅先で死体を弄んでいる男二人に会う。この死体は生前泥棒だったと言う。若者は二人に持っている財産全てを渡し、死体をぞんざいに扱わず埋葬するようにお願いする。金を受け取った二人は若者の願いを聞き入れる。
若者は夢を見た。遠くの国のお姫さまが軽やかに優雅に舞いながら若者を呼ぶ夢だ。若者はこのお姫さまに会いに行くことを決める。そこに見知らぬ男がやってきて若者の旅の供をすることになる。この旅仲間は頼りない若者を手助けし、幾たびもピンチから救ってくれる。お姫さまの国に着くとお姫さまは結婚の条件として三つの要求をする。その要求に応えることのできない者は首を切られてしまう。もうすでに何人もの男の首がちょん切られていた。実はお姫さまは魔法によって魔物に心を支配されていた。若者は旅仲間の手助けによって3つの要求をクリアする。
お姫さまに正気が戻ったところで旅仲間は若者に別れを告げる。若者は引き留めるが旅仲間だった男は去っていく。彼は若者が埋葬させた死体の幽霊だった。

「長靴をはいた猫」、「青ひげ」、「かぐや姫」、「鶴の恩返し」、「蜘蛛の糸」などがごちゃ混ぜになったような話だなと思いながら見ていた。
戯曲の翻訳もよくできていて、スピード感のあるなめらかな芝居のリズムをジャママしていない。役者が一部アドリブを入れたところもあるように思った。極めて完成度の高い芝居だった。

むやみに親切な旅仲間が実はかつて若者が全財産と引き換えに埋葬させた死体の幽霊だったことがわかる最後の場面、不条理が連鎖するおとぎ話でこうした合理的なまとめには白けてしまうことが多いのだけれど、この芝居についてはなぜかそこでほろりときてしまった。「なんでこんな間抜けで無能力な若者をこの旅仲間は無償で助けたりするのだろう」と思いながら芝居を観ていたのだけど、それが若者のかつての善意に対する返礼だと明らかにされたとき腑に落ちたと同時にぐっと不意に感動してしまったのだ。