閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

シラノ・ド・ベルジュラック

演劇集団キャラメルボックス
成井豊世界名作劇場

  • 作:エドモン・ロスタン
  • 翻訳:渡辺守章シラノ・ド・ベルジュラック』(光文社古典新訳文庫刊)
  • 演出:成井豊
  • 共同演出:白井直
  • 美術:伊藤保恵
  • 照明:松本大
  • 音響:長野朋美
  • 出演:阿部丈二、多田直人、岡内美喜子、畑中智行、石原善暢、左東広之、小林千恵、小多田直樹、鍛治本大樹、稲野杏那、林貴子、森めぐみ、阿部哲子
  • 劇場:六本木 俳優座劇場
  • 評価:☆☆☆★
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キャラメル・ボックスと「シラノ」の組み合わせは案外面白いのではないかとこの公演を知ったときに思った。意外性がある。キャラメル・ボックスは心の汚れた中年男が見るにはあまりにも健全で前向き過ぎる気がして、そのまっすぐぶりに立ち会うのが気恥ずかしくなり観に行かなくなった。役者が「一生懸命やっていますっ!」みたいなオーラをがんがん出しながら演技しているのを見ているが段々つらくなってきたのだ。でも数年前に見た北村薫原作の「スキップ」の舞台はとても印象が強く、再演があればまた見てみたい。成井豊の演劇的な創意は大したものだと思う。

「シラノ」の翻訳は渡辺守章訳を使っていると記されていたが、上演時間を2時間に収めるために大幅にカットされ、キャラメルの客層に合わせかなり大きく改変されていた。ギャグがかなり付け加えられていた。
シラノの役は年配のベテラン役者がやるのが定番だが、キャラメル版では全体にキャストが若い。シラノを演じた役者もまだ30代だと思う。オープニングの演出がいい。芝居の本編が始まる前に役者たちが普段着で舞台に現れ、順次呼び出され役に任命されたあとで舞台から姿を消していく。舞台上に誰もいなくなったところから本編が始まる。テクストが大幅にカットされ、遊びのギャグがたくさん取り入れられているものの、大枠では原作に忠実な舞台になっていた。展開はスピードとリズムがある。シラノの長台詞という修辞の連なりを観客に聞かせる場面は弱い。長台詞は渡辺訳をそのまま使っていたように思うのだが、新訳である渡辺訳でも若い役者にはやはり荷が重いのだと思う。渡辺訳も新訳であるけれどもそれほど分かりやすいわけではない。渡辺訳は古典戯曲を読む会で精読したが、正直、時代がかった古さはあっても訳のリズムやことばの美しさでは依然辰野訳のほうが優れているように私は思う。

男性の役柄の一部を女優が演じているのに違和感を覚える。役者の頭数ゆえに仕方ないのかもしれないけれど。男役を女優が演じているとなんか学芸会じみてしまうのだ。前半は猛練習を重ねた上でのものすごくよくできた学芸会、という感じが私にはして芝居の中に入り込むことができなかった。役者陣は「一生懸命やってますっ!」オーラをがんがん出しながら熱い芝居を続けているけれど、それに乗っかることができない。台詞回しもそうだが、台詞をしゃべるときのほとんどパントマイム的とも言える説明的で大仰な身振りにも大きな違和感を持った。

でもテクスト・レジはとてもよく出来ている。「シラノ」の持つことばの詩的な美しさ、喜びを伝えることは断念し、筋立ての面白さを与えられた枠内でできるだけ効果的に伝えようとするテクスト・レジだったと思う。やっぱり何度見ても、読んでもこの芝居はよくできている。

若い役者ばかりで演じられたスピーディでさわやかなシラノだった。退屈することなく楽しめたが、「シラノ」のライトノベル版といった感じ。まさにキャラメル・ボックスの「シラノ」ではあるが、私が期待した新しさはなかった。その軽さゆえにパロディ的とさえ感じられる「シラノ」だったが、その解釈、演出の向きは保守的だ。予想通りともいえるが、期待はずれでもあった。