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文学座
- 作:岸田國士
- 演出:西川信廣
- 美術:奥村泰彦
- 照明:大島祐夫
- 音楽:上田 亨
- 音響効果:中島直勝
- 衣裳:山田靖子
- 舞台監督:三上 博
- 出演:本山可久子、塩田朋子、石井麗子、名越志保、片渕忍、頼経明子、渋谷はるか、千田美智子、菅生隆之、大原康裕、若松泰弘、浅野雅博、斉藤祐一、藤側宏大
- 劇場:新宿 紀伊國屋サザンシアター
- 評価:☆☆☆☆
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舞台美術がかっこいい。背景画は、ひび割れた壁にクリムトの「接吻」の顔の部分を拡大したもの。くすんだ暗めの金泥色でまとめられた舞台美術はとてもセンスがいい。この背景画を場面によって衝立で部分的に隠したり、あるいは衝立を除去して全体を見せたりする。前景の調度品は場面、作品によって入れ替わる。
最初の演目は「明日は天気」。湘南に泊まりがけで海水浴に来たものの、滞在中ずっと雨に降られてしまい、海水浴できないまま宿で暇をつぶすはめになった夫婦のやりとり。子供のいない夫婦で、結婚後それほど年月はたっていないように思えるのに、この夫婦にはどことなく倦怠感めいたものが漂っている。倦怠感とまでいかないか。安定した関係ゆえのマンネリ状態。饒舌な旦那は何とかして妻に可愛がってもらいたくて仕方ないようだ。でも妻はこの気怠い夫婦関係を甘受し、夫の「挑発」を受け流す。いやこうした夫との温度の違いをむしろ楽しんでいるようにさえ思える。
結婚生活の日常のマンネリのなか(そこには絶望と諦めもかすかにではあるけれど確実にあるはずだ)、夫婦が心を通わせ、そのことに幸せと喜びを感じる短い時間が突然訪れることがある。「明日は天気」は気まぐれに訪れるこうした夫婦の親密な時間の幸福を巧みに描いていると思う。戯曲を読んだときは、こんなモダンな夫婦関係はいかにも人工的で嘘くさいように思ったのだけれど、今日の舞台ではそうした作り物めいた感じが舞台表現のなかで自然な形で消化されていた。
二番目に上演された「驟雨」は、先日の古典戯曲を読む会でとりあげた戯曲だ。通路を挟んで隣に座っていたおやじが小さないびきをたてて、上演中に眠っていた。「ああ、寝ているな」と思いながらそのおやじを見ていた私もいつの間にか眠っていた。うーむ。後半はだから見ていない。
休憩15分を挟んで、「秘密の代償」。上演時間は1時間ほど。美人で若い女中が突然仕事を辞めたいと、女主人に訴え出る。女主人が辞める理由を問い詰めると、どうやら家の息子と父親の両方と関係を持ってしまったことを何となくほのめかすものの、その理由を決して自分の口から話そうとはしない。 うん、これとほぼ同じ設定の映画をどこかで見たことがあるような。日本映画でなくて、フランス映画、たぶんシャブロルの作品だと思うのだが。女中に手を出すというのは洋の東西を問わず、ありふれた出来事なのだろう。 戯曲をよんだときは真相はぼやかされているように感じたのだけれど、今日の上演では関係する人物全員の不誠実さと欺瞞がわかりやすく提示されていた。 (「秘密の代償」、この後、古典戯曲を読む会で読み直してみた結果、夫も息子も女中とは関係を持っていないことがわかった。この芝居を観た時点では、誤解していていたのだ。)
いずれの作品も、戯曲のテクストの世界が丁寧に読み込まれ、テクストが伝えるディテイルまで舞台上で巧みに立体化されていた。ひび割れた「接吻」の背景画が、作品の主題の説明となっている。奥行きのある表現で、味わい深い大人の舞台となっていた。洒脱で洗練された岸田モダニズムの雰囲気が期待通り、見事に再現されていた。