閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

練馬区立石神井東中学校演劇部『上を向いて歩こう2013』

 

練馬区石神井東中学校演劇部 校外公演『上を向いて歩こう2013』

  • 作:竹生東、室達志
  • 潤色:石神井東中演劇部
  • 演出: 田代卓(演劇部顧問)
  • 会場:練馬区富士見台地区区民館
  • 上演時間:60分

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石神井東中学演劇部は、昨年『空の村号』(篠原久美子原作)で沖縄で行われた全国大会(第14回全国中学総合文化祭沖縄大会)に出場している。『空の村号』はプロの演劇人によってリーディングや通常公演のかたちで上演されているが、おそらく石神井東中学演劇部のバージョンが最も優れたものだろうと私は思う。中学演劇の制限で上演時間は50分と短縮されてしまったが、中学生の俳優たちがフクシマ原発事故被災地の村の人々を演じることによって、子供の視点から見たフクシマの現実のありようがよりリアルに提示されている。小5の空君が見た大人の世界は、大人の俳優が子供に扮して演じるよりも、中学生が演じたほうがより効果的に再現される。黒子の導入による場面の転換、群舞の場面によるファンタジー色など、演出上の工夫も見事だった。石神井東中学演劇部の『空の村号』は現在の日本の中学演劇の最高峰を示していると言ってもいいだろう。

 

今回、練馬区富士見台地区区民館で上演された『上を向いて歩こう2013』、昨年秋の区大会で同校演劇部が上演した作品だ。戯曲の作者は北海道の中学教員で、北海道の中学校演劇部が上演した作品だそうだ。なので作品の舞台は北海道で、登場人物はすべて中学生である。作者のひとり、竹生東氏は一昨年、亡くなったそうだ。

私は区大会本番は見に行けなかったが、区大会直前の10月末に、校内上演でほぼ同じキャストによるこの作品の上演を見た。今年度は石神井東中学演劇部は区大会で最上位を得ることができず、都大会に進出することができなかった。全国大会に進んだ昨年度の『空の村号』と比べると、作品、演出、演技などあらゆる点で『上を向いて歩こう2013』のほうが見劣りすることは否めない。10月末の校内公演の出来はそんなに悪くなかったけれど、演技やアンサンブルの粗が目立ち、完成度は今一つだった。

 

作品の筋は他愛ないものだが、登場人物のキャラクターが明確に書き分けられ、そのふるまいや言動はいかにもいまどきの中学生らしいリアリティが感じられる。不器用で持てない男の子ハルトは、クラスのアイドル的存在のユキちゃんのことが大好きなのだけれど、その思いを伝えることができない。そのユキちゃんは家庭の事情で中三の二学期という時期にも関わらず、北海道から東京に転校することになった。ユキちゃんが転校する前日、ハルトは友人二人の助けを借りてラブレターを書き、ユキちゃんに思いを伝えるのだが、という微笑ましい中学生の恋愛物語。しかし結末はハルトの片思い失恋で終わってしまう。ユキちゃんが好きなのは、ハルトにラブレターのアドバイスをしたハルトの友人のほうだった。「上を向いて歩こう」が失恋したハルトの号泣にかぶさって流れるという、ちょっとシニカルで残酷なエンディング。

 

石神井東中学演劇部版では、ハルトの役を短髪の女の子が演じる。男の主人公をボーイッシュな女の子が演じるというのは、昨年度、同中演劇部が上演した『空の村号』でも使われた趣向だけれど、このtransgenderの仕掛によって微笑ましく素朴な恋愛物語にひねりが加わる。この小さなひねりによってもたらされる微妙な違和感が作品に奥行きをもたらす。

 

ハルト役はかなりコミカルな役柄だ。モテナイ男の子のキャラクターとして、割り切って大胆に芝居をして、笑いを取らなくてはならない。中学生ぐらいの子供、しかも女の子がこうした道化役を引き受けるのには、相当な覚悟がいると思う。しかしハルト役の子はそうした役割をしっかりと引き受け、観客の関心をひきつけていた。かっこわるい役柄をうまく演じることが、最高にかっこいいことだということがよくわかっている。ハルト役以外にも、笑いを取る役柄の登場人物は多い。中学生の俳優たちは、劇作上の役割をそれぞれ理解したうえで、それぞれの役柄を生きていたことに感心した。

 

いくつかのミスはあったけれど、10月末の校内公演より、今回の区民会館での一般の観客も交えた公演のほうがはるかに出来がよくなっていた。稽古を重ねて芝居自体が上手になっただけでなく、この数ヶ月のうちに(このあいだには沖縄での全国大会という経験もあった)子供たち自身が一気に成長し、成熟したことをはっきりと感じ取ることのできた公演だった。

 

会場には私のような演劇部の保護者以外に、区民館にこの公演を見るためにやってきた一般のお客さんもたくさんいた。高齢のかたが多いように思ったが、そうした一般の観客も引きつけ、楽しませたクオリティの高い充実した公演だった。