閑人手帖

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【演劇】劇団サム第4回公演『BREATH』

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作:成井豊

演出:田代卓

会場:練馬区生涯学習センター

2019/07/21 17:00

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練馬区石神井東中学演劇部のOBOGたちがメンバーの劇団サムの第四回公演。劇団主宰で演出を担当する田代卓はかつてこの演劇部の顧問で、演劇部を関東大会、全国大会に導いた指導者だった。教員を退職したあと、田代は演劇部のOBOGたちに声をかけて劇団を結成し、年に一回の公演を行なっている。
公演は石神井東中学演劇部との合同公演で、劇団サムの『BREATH』の公演の前に、現役の中学演劇部による『男でっしょっ!』(一宮高志作)の公演があった。『男でっしょっ!』は50分の作品。共学化した元女子校に三人の男子学生が入学してきて、マイノリティの彼らが強くて横暴な女子たちと関係を築いていくという話だった。テンポのあるテキパキとした進行で退屈しない。観客席からなんども笑い声が上がる楽しい舞台だった。中学へ入ってまだ数ヶ月の一年生も含め、20人ちかい生徒が舞台に上がるのだけれど、全員が演じることを楽しんでいる様子が伝わってきて見ていて気持ちがいい。溌剌としていて舞台に立つ喜びが伝わってくる。舞台に立ち、自分でない何かを演じ、観客に向かってそれをさらし、表現することで、中学生たちが日頃囚われている色々な束縛から解放されているように見えた。
300席ほどの会場は8割ぐらい埋まっていた。観客の多くは出演者の家族や同級生たちのようだったが、知っている子供たちの登場に反応する会場の雰囲気もよかった。カーテンコールでは裏方も含め、全員の紹介が行われた。そのカーテンコールの挨拶も元気いっぱいで誇らしげだった。
 

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30分の休憩のあと、劇団サム『BREATH』の公演。開演前に主催の田代卓からの挨拶があった。四回目の公演にして劇団サムは二時間のフルサイズの芝居に挑戦する。キャラメルボックス成井豊の作品で、クリスマスの時期の七組の男女(必ずしも恋人同士ではない)の関係を描く群像劇だ。出演俳優は15名でそれぞれに見せ場が用意される端役のない作品だった。クリスマスまでの二週間ほどの期間に起こる七組の男女を、彼ら全員と関わりを持つ遍在的で変幻する狂言回しの登場人物が導いていく。とってつけたような人工的で説得力の乏しいエピソードもあるが、7つのエピソードの人物をつなぎ、ハッピーエンドのラストに向かって集約させる劇作はさすがに手慣れた感じでうまい。
舞台の手前と奥を幕で仕切る二重構造にし、さらに机や椅子などを出し入れすることで舞台を分割し、素早く場面を転換させていく演出上の工夫がよかった。この工夫のおかげで展開がダレることなく、リズミカルにテンポよく進んでいった。俳優の声もよく通り、しゃべっていないときも表情や仕草などの演技の工夫がある。この演目の前に見た中学生の芝居と比べると、さすがにはるかに芝居らしい芝居になっている。
四回目の公演となった今回は、中学演劇OBOGの俳優たちの半分は成人だと言う。俳優たちがみなとても魅力的だった。アマチュアとはいえ、中学演劇の卓越した指導者だった田代卓が指導しているので、発声や所作などはそれぞれそれなりの訓練はできている。また今回の出演メンバーのなかには職業的な俳優を目指して専門学校などに通っている者もいた。しかし演技がうまい下手ということよりも、舞台上での俳優一人一人の存在がきらめいていていた。お互いの芝居をそれぞれが注意深く、優しく見守っているような親密な緊張感を舞台から感じられる。
主宰の田代は当日パンフレットに劇団サムが団員たちの「心の拠り所」となっていると書いていた。一年に一度「古巣」に戻り、仲間たちと舞台を作るという濃厚な経験が、彼らにとっていかにかけがえない重要なものとなっているかが舞台から伝わってくる公演だった。
劇団サムの『BREATH』はこうした「背景」を仮に取り去って見ても、十分に楽しんで見ることができる水準の公演になっている。しかし彼らの前に中学生演劇部の芝居を見ているだけになおさら、舞台上の彼らのあり方に、色々と変化の多い思春期、青春期のなかで成長を遂げた彼らの姿を感じ取ることができるように思え、その存在の二重性がこの舞台の感動をさらに大きなものにしている。当日パンフレットにはキャストのコメントも掲載されているが、その短い文章からは仲間との演劇づくりに挑む彼らの真摯な姿勢が伝わってくる。
「ああ、人間ってこうやって成長していくんだ」と言うことを確認できる舞台なのだ。一年に一度、かつての演劇部顧問のところに集い、アマチュアとして公演を行う劇団サムの公演は、その舞台から感じとられるその健気さと誠実で愚直な作品づくりの姿勢ゆえに、ある意味でキャラメルボックスよりもずっとキャラメルボックスっぽい芝居になっていた
マチュアによるこういう芝居を見るたびに「演劇ってなんだろう?」と考える。こうした演劇は、集団での創作・表現活動のなかで凝縮され、増幅された特別な生の充実のありようを伝えてくれる。