閑人手帖

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劇団サム第5回公演『ことばのかいじゅう』『水平線の歩き方』

 

劇団サム第5回公演

練馬区生涯学習センター

『ことばのかいじゅう』作:黒木美那、演出:田代卓

『水平線の歩き方』作:成井豊、演出:田代卓


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石神井東中学校演劇部のOBOGを中心に有志で集まってできた劇団、劇団サムの第5回公演。

これまでは夏に年一回の公演だったが、今年は夏にキャラメル・ボックスの成井豊作『BREATH』を上演しただけでなく、2月にも上演時間一時間の作品の二本立て公演を行うことになった。予告では劇団サムの二本の前に、石神井東中学演劇部の『モノクロ』(一丁田やすたか作)の上演も予定されていたが、インフルエンザ流行のため石神井東中学演劇部の公演は中止になってしまった。

 

最初に上演されたのは黒木美那作『ことばのかいじゅう』だった。
作者の黒木美那は現在大学一年生で、この作品は昨年、彼女が高校三年生のときに書いた作品とのこと。

舞台は高校の教室で、登場人物は三人の女子高生だ。三名といっても一名はほんの短い時間、舞台に現れるだけで、実質的には二人の登場人物の対話劇である。クラスメートからの執拗ないじめにけなげに耐えている久保さんという女の子といじめで傷つく久保さんを見守り、彼女に寄り添おうとする河原さんという女の子の対話劇だ。久保さんは明るく強気な態度を貫くことで、自分を守ろうとしている。

放課後の教室で、机にされた落書きを一人で消している久保さんを見かけた河原さんは、久保さんの様子を見過ごすことができないが、彼女は同級生の久保さんに敬語で話しかけるいかにも不器用そうな女の子だ。久保さんは自分に言い聞かせるように、河原さんに話しかける。久保さんの明るい饒舌が、かえって彼女の受けたダメージの大きさを感じさせてしまう。おずおずと久保さんに寄りそう河原さんは、徐々に久保さんの心を開いていく。河原さんは両親に虐待を受けて深く傷ついてしまったために、人との距離感の取り方がわからなくなってしまっていた子だった。自分の思っていることを、不用意に吐き出すことで、他人を傷つけ、それによって人が自分から遠ざかっていくことを彼女たちは恐れている。しかし互いに心を開いて、それぞれの思いを受け止めた二人は、自分たちの心情を素直に言葉にすることで、自分たちが解放されることに気づく。絶望と諦念に囚われていた彼女たちは希望を見いだす。

 

登場人物二人だけのやりとりで、しかも動きの少ない作品だったのだが、声の調子や間だけでなく、言葉と連動した細やかな身体の動きがとても印象的だった。細かい演技の工夫に感心した。過度に感情的にならず、むしろ軽やかにリズミカルに対話が進行していく。自分と同年代の少女の気持ちをしっかりと丁寧に表現されたすばらしい演技で、一時間の上演時間、緊張感が途切れなかった。久保さんを演じた石附優香さんのちょっと鼻にかかったような声が、いじめられている女の子が抱えるさまざまな感情を見事に具現していたように思った。

二本目は昨年の夏に引き続き、キャラメルボックス成井豊の作品の上演である。『水平線の歩き方』は、怪我によって引退を余儀なくされ、不自由な身体になってしまった社会人ラグビー選手の物語だ。6歳の時に急死した34歳の母の幽霊に、35歳の岡崎幸一は自分のそれまでの人生を語る。両親を失い、叔父叔母の夫婦のもとで育てられた彼は、孤独を内部に抱えつつも、新しい家族の愛情や友人や恋人、そしてラグビー選手としての成功のなかで順風満帆の人生を送っていった。しかし膝の故障によって選手生命を絶たれたことによって、彼は人生の目標を失ってしまう。絶望と孤独感のなかにあった彼は、母親への語りを通して、自分の人生を見直していく。

キャラメルボックスが活動休止してしまった今、劇団サムはキャラメルボックスのエッセンスを忠実に継承し、ある意味キャラメルボックス以上にキャラメルらしい舞台を見せてくれるような気がした。

出演者のアマチュアリズムが、人間への信頼に基づく健全でピュアなキャラメルボックスの世界の表現に、大きな説得力をもたらしているからだ。一年に一度ないし二度しか上演のない、同窓会のような公演に注がれた出演者たちの熱い思いが舞台からほとばしっている。私の娘は4年前に石神井東中学演劇部に所属していた(残念ながら劇団サムには参加していないのだが)。私は娘が中学に入ったころから、演劇部顧問の田代卓が指導する石神井東中学演劇部の公演をている。

 

そして中学を卒業し、数年たち、思春期後半の大きな変化を遂げた娘の同級生や先輩後輩が、この舞台で演じている。彼ら、彼女たちの劇的な変化、成長を目の当たりにするだけで胸に迫るものがある。中学を卒業し、ばらばらのところでそれぞれの世界を持つ仲間たちが、演劇を通じて旧師のもとに再び集うことの喜びが舞台から伝わってくる。そして演じること自体に彼らがいかに魅了されているかということも。

優れた中学演劇の指導者であった田代卓のもとで鍛えられた彼らの芝居は、細部まで神経が行き届いた美しい楷書体の芝居だ。中学演劇を出発点とし、学校演劇的な様式をベースとしつつ、出演者の成長とともに、小劇場や商業演劇的なものとは味わいの異なる独自のすがすがしい洗練がかんじられるようになった。

 

『水平線の歩き方』はいかにも成井豊らしい、いかにもキャラメルボックスっぽい、健全でまっすぐすぎて気恥ずかしくなるような人間賛歌だ。しかし成井豊の作品を劇団サムほど堂々と説得力あるやりかたで上演できる団体はそうそうないだろう。