閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

評論家入門

小谷野敦平凡社新書,2004年)
ISBN:4582852475
評価:☆☆☆☆

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表題通り,現代日本の職業としての「モノ書き」(小説家を除く)についての指南書.評論家という「モノ書き」の世界が自虐的なユーモアを交えつつ,的確にリアルに紹介されている.各章の主題につながりが薄く,ばらばらとした感じがするが,それぞれ密度の濃い内容で,僕は非常に楽しめた.学術論文と文芸批評の違いについて言及している第一章から第三章については,勘違いしている奴が多い文学部の修士課程の学生に推薦したくなるような優れた「論文入門」でもあるように思った.実証的な研究についても,無責任に揶揄することなく,その価値を認めていることにも好感を持つ.
この三章を読むと,一応研究者の肩書きを持っているはずの大学のフランス文学の教授たちの中には,「評論」もどきの文章を書き散らすことをもって「研究」していると称する者(あるいは研究能力がないもの,研究とはいったいどんなものかそもそもわかっていない者)が多いことがよくわかる.

第四章の終わりにあるシェイクスピアについての短い言及については大いに共感する.

実は,文学が普遍であるか否か,という問題を論ずるに当たり,シェイクスピアを学んだかどうかが試金石になるように思えるのである.
 というのは,シェイクスピアは,強烈な「普遍性」をかんじさせる作家だからである.(128頁)

シェイクスピアの作品が持つ吸引力について,簡潔かつ的確に述べているように思う.
第五章「評論家修業」では,著者の実に率直な苦闘時代の思いの告白に深く心を打たれつつも,東大の比較文学研究室がタレントぞろいであったことに驚嘆する.修士論文が書籍として出版されるというようなことは,僕の所属していた大学院ではほぼ考えられなかった.東大比較文化は,もともと「書き手」を目指す東大生が集まるような研究室なのであろうが,そうした道をバックアップできるような伝統とスタッフが存在するなんてやっぱり東大だなぁ,と思う.