閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

いとこ同志

作・演出:坂手洋二
美術:堀尾幸男
照明:小笠原純
音響:市来邦比古
衣裳:前田文子
出演:渡辺美佐子串田和美,宮本裕子,佐藤アツヒロ
劇場:三軒茶屋 シアタートラム
評価:☆☆☆☆★

                                                            • -

4月に燐光群の『屋根裏』を見て惹かれた坂手洋二の作・演出で,渡辺美佐子串田和美とうベテラン俳優が出演するとなると食指が動かないはずはない.『屋根裏』公演直後にこの公演のチケットは購入していた.今回の公演のタイトルからは日常を舞台にした心理劇が思い浮かぶが...期待に胸膨らませ劇場に.
シアタートラムは400人ぐらいは入るのだろうか.客席はほぼ満席.これだけの人数の人間が坂手の物語を欲しているという事実に興奮する.僕同様,他の観客までが同じような期待感を共有しているかのような錯覚を覚える.
そして芝居はこちらの期待を裏切らない美しい作品だった.最初の一時間は動きのなさとテンポの遅さにとろとろと眠りそうになる.お話の流れもみえない.中盤からゆっくりとテンポがあがる.複数の時間軸,回想と幻想,現実と虚構が入り組み,ともすると錯綜した筋に話を見失いそうになる.じっくりと空想と写実の絡み合いをたどっていけば,現れるのは案外ありふれた追憶と恋愛の美しい結晶のようなおとぎ話である.気がつくと僕は舞台の人物と思いを溶融し,芝居の核にあるシンプルな叙情にひたり,その追憶の美しさとせつなさに涙を流す.いとこのたっちゃんは実在だったのか,あの若いいとこ同士は本当に結ばれたのか,それともすべて妄想なのか.空想と現実は判然としないまま,もどかしさを感じつつも,気づいてみると芝居の中に没入していた.
坂手の芝居は本当に不思議だ.写実的な世界描写の中に,その写実をおずおずと崩し,ずらしていくような人工的な違和感ある仕掛けを放り込む.しかしトータルで見るとその仕掛けはやはり写実的な世界観の枠組みの中にとけ込んでしまうのだ.

列車の車内の落ちついたレトロなたたずまい,はっと目を引かれるシルエットに浮かび上がる巨木の森の美しさ.美術と照明のセンスがよさは特筆モノ..
役者ももちろんそれぞれ味がある.宮本裕子のコケティッシュな魅力,くるくる変わる表情の豊かさと笑顔の愛らしさに見ているこちらはトロトロになる.

不思議な後味を残すノスタルジックな幻想劇.
大満足.