閑人手帖

このブログは私が見に行った演劇作品、映画等の覚書です。 評価、満足度を☆の数で示しています。☆☆☆☆☆が満点です。★は☆の二分の一です。

ロスメルスホルム

  • 作:H.イプセン
  • 訳・演出:安西徹雄(Arvid Paulson英訳による)
  • 美術:伊藤雅子
  • 照明:田中喜久夫
  • 出演:藤田宗久,佐藤直子,大谷朗,石住昭彦,三谷昇,福井裕子
  • 劇場:田原町 ステージ円
  • 上演時間:二時間四〇分
  • 評価:☆☆☆☆★
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100名ほど収容のステージ円は補助席も出る満席.
新劇的な「芝居がかった」演技だったが,俳優たちの演技は登場人物の心理の揺れは丁寧に表現され,原作戯曲の魅力を遺憾なく伝える好演だった.特に主演のレベッカ役佐藤直子の表現は観客の心をはっとひきつけるような力強さが印象に残る..ロスメルに愛の告白を受けて「あっ」と叫び声を上げる場面の解釈などが心に残る.照明も自己主張は控えめながら,グラデーションのように明暗を微妙に操り,登場人物の内面を効果的に照らし出していた.精緻な表現で書かれた優れた文学作品をじっくりと味読しているような大きな満足感を得る.

パンフレットの安西氏の文章はラストシーンを明らかにしてしまっている.この作品を未読,未見の人はパンフレットは終演後まで読まないほうがよいと思う.緊張感あふれる対話のやりとりを通して,登場人物の疚しさが暴露され,暴露されたことでその人物自体が変わってしまう過程が描かれている作品である.少なくとも僕は会話で提示される情報を集めていくにしたがって人物関係や背景が明らかになる過程を楽しんだし,新たな事実の提示によって展開が劇的に変化する様子を味わう要素もこの戯曲は大きい.劇冒頭から示される象徴的な伏線が実現されていくさまも見所の一つだ.結末を知ってしまうことで興が若干そがれてしまうタイプの作品だと僕は思った.安西氏の文書は初見の人だけに与えられたこうした特権的喜びを部分的に奪ってしまう内容だと思う.

作品は一組のプラトニックな恋愛関係にある男女がかかえる「疚しさ」を主題にしている.前妻の自殺という悲劇的事件が,一年の空白期間をおいて,一組の男女が抱える「疚しさ」をあぶり出し,二人をじわじわと確実に破滅に追いやっていく.常に意志的に人生を選び取ったかのような理性的な精神の持ち主であるはずの二人が,死者の呪いに繰られるかのように悲劇的な運命を受容していく.
先日観たハネケの『隠された記憶』に重なる主題.ハネケならこの作品をどう演出するだろうかと想像してしまう.おそらくラストシーンは叙情性を一切はぎとった無慈悲で救いのないものになるだろう.
安西演出の最後は悲劇的ではあるけれども,叙情的な余韻を残す美しいシーンになっていた.